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〈山口周 × 本田哲也(後編)〉人も企業もプロダクトも。ナラティブによる意味づけがなければ、その真価を発揮できない。

〈山口周 × 本田哲也(後編)〉人も企業もプロダクトも。ナラティブによる意味づけがなければ、その真価を発揮できない。

独立研究者・パブリックスピーカーである山口周さんの最新刊『ビジネスの未来』は、「ビジネスはその歴史的使命をすでに終えているのではないか?」という問いかけから始まる刺激的な一冊です。その答えが「Yes」なのだとしたら、これから企業はどのように振る舞い、社会に何を提供していくべきなのでしょうか。実はそこにもナラティブが深く関わっていると指摘する山口さん。戦略PRの第一人者である本田哲也との示唆に富んだ対談の後編をお届けします。

前編はこちら

使いづらくて高い。なのにライカが選ばれ続けるワケ

山口:『ナラティブカンパニー』ではGoProの事例が紹介されていましたが、あれを読んで僕が考えたのは、日本のカメラメーカーの現状です。彼らは今、非常に厳しい状況に追い込まれています。一般的にその原因は『スマホのカメラの高性能化』にあるとされているのですが、果たして本当なのでしょうか。

というのも、カメラメーカーのライカの売上は、ここ10年で10倍になっています。しかも不思議なことに、ライカのカメラはユーザーに不便さを強いるような方向に「進化」し続けています。バックモニターはなくしてしまえ。モノクロしか撮れなくしてしまおう。そんなカメラが100万円以上の価格で販売されているんです。

どうしてこんなビジネスが成立するのか。それはライカのカメラが使い手に、強烈なメッセージを発しているから、というのが僕の解釈です。ライカは、ロバート・キャパのような報道写真家が、愛用してきたカメラです。それこそ戦場のような過酷な現場で決定的な一瞬を押さえるためには、モニターで写真を確認している暇なんてないわけです。だからバックモニターのないライカのカメラは、それ自体が「写真を持って外にいる以上は、常にシャッターチャンスに備えろ」と物語っているように思えます。このナラティブが、多くのユーザーの心を捉えたのではないでしょうか。

それに対して、日本メーカーのカメラはどうでしょうか。性能は圧倒的ですが、そのカメラで何を写してほしいのか、どんな生活のシーンで使ってほしいのか、その思想がぜんぜん見えてこない。つまり、ナラティブがブレブレなんです。これこそが日本のカメラメーカーの落ち込みの理由なのではないでしょうか。

ナラティブとプロダクトが、互いを補強するようなあり方を

本田:確かに、ライカと比較すると、その差がくっきりと見えてきますね。

山口:ライカは、自分たちのナラティブにフィットする製品をつくれているわけですよね。そう考えると、例えば本田さんのようなナラティブの専門家に、プロダクトの開発をサポートしてもらうのも一つの手なのかな、と思ったのですが、いかがでしょう? すでにそういった事例もあるのでしょうか?
本田:近い話はありますね。例えば、私がお手伝いしているロッテさんのブランド、キシリトール。キシリトールは「日本をフィンランド化してむし歯のない社会へ」というナラティブの実践を、自治体や幼稚園・保育園と一緒に始めています。その流れの中で生まれたのが、幼稚園・保育園専用のタブレット商品です。ナラティブを補強するために、商品をつくりだす。こういった動きは、もっと活発になっていってほしいですね。逆にメーカーの場合、どんなに美しいナラティブを語ったとしても、それを体現するプロダクトがないと……

山口:ナラティブ自体が、嘘になってしまう。

本田:そうなんです。だからやっぱり生活者に「このメーカーは本気だな」と信じてもらうためには、ナラティブに叶うプロダクトを生み出していくことが重要です。それがナラティブの輪を広げていくことにもつながるはずです。

「知行一致」が厳しいまでに求められる時代に

山口:お話を聞いていると、本音と建て前の差分を埋めることが、つくづく重要な時代になったことを改めて実感します。

本田:生活者も賢いですからね。それこそナイキが、BLMの最中に掲げた「Don't Do It」というコピーは、それ自体は反差別を主張したものだったのにも関わらず、当のナイキの経営陣が白人ばかりだったために炎上してしまったわけです。

山口:せっかくのコピーが、「建前」に見えてしまった、と。

本田:そうなんです。「役員の顔ぶれを入れ替えることに比べたら、広告を打つことのほうがやりやすい」というのが、生活者にもすっかりバレてしまっている。だからこれからは広告を打つとか、PRイベントを開くとか、一見ナラティブ的でもその手段が企業の本質と乖離していたら、むしろ逆効果だと考えたほうがいい。やるならば、大胆かつ本質的な行動でなければ、「本気」だとは受け取ってもらえないでしょう。

山口:まさに知行一致が厳しく求められる時代になったということですね。一方で、僕たちのような外部から企業のお手伝いをする立場の人間からすると、先ほどのナイキのようなケースは悩ましい部分も多いと感じていて。例えば、役員に黒人が一人もいないことに事前に気付いたとして、役員の顔ぶれにまで、僕たちが口を挟んでいいものなのか。判断に迷う場面です。

本田:そうですね。「この広告を出したいから、役員を変えましょう」というのは、僕も無理があると思います。だからそういう場当たり的な対応をしなくてもいいように、ナラティブ自体をあらかじめ企業にビルトインしていくべきなのでしょうね。もちろん、一朝一夕にできることではないのですが、そこは覚悟を決めて取り組んでいくしかないでしょう。

なぜGoogleはインターンに全アクセス権限を与えるのか?

山口:最近、僕が「これはすごいぞ!」と思ったのは、石坂産業という所沢の会社です。産業廃棄物の中間処理業者で、本当に小さな会社ですが、今ここが、優秀な人材がこぞって入社を希望する、知る人ぞ知る人気企業になりつつある。社長の石坂さんは「地球からゴミをなくす」ということをおっしゃっていて。実際に、一般的な中間処理業者のリサイクル率は70%程度なのですが、石坂産業のリサイクル率はなんと98%。さらに残りの2%も乗り越えるべく、住宅メーカーと共同でプロジェクトを進めているそうです。

石坂産業が掲げる「Zero Waste Design」(出典:石坂産業HP https://ishizaka-group.co.jp/

去年の秋にオフィスに伺う機会があったのですが、非常に驚いたことがありました。ゴミ箱が、オフィスのどこにもないんですよ。トイレにもフロアにもない。つまり、「ゴミはすべて持ち帰ってください」ということなんです。

本田:なるほど。それは面白い。

山口:ほかにも「食堂はあるけどマイ食器持参」とか「ペットボトル容器の飲料は自販機に置かない」とか、とにかく徹底している。知行一致って、まさにこういうことですよね。ゴミをなくすことを掲げている自分たちが、ゴミを出していたらダメでしょうっていう。当たり前といえば当たり前だけど、ここまで一貫性があるのは、シンプルにすごいと思いましたね。

実はこれと同じようなことをやっているのがGoogleなんですよ。これは僕も最近知って驚いたのですが、彼らはなんと、ソースコードへのアクセス権限をインターンに全部与えてしまうらしいのです。日本のIT企業からしたら信じられないことです。「なんでそんなことをするのか?」と質問すると、「ウチの会社のミッションを知っていますか?」と逆に尋ねられるそうです。「私たちのミッションは誰もが情報にアクセスできる世界をつくることです。それなのにインターンがソースコードにアクセスできないなんて、おかしいでしょ」と。これも極端な例ではありますが、知行一致の実践例でしょう。

この二例から僕が考えたのは、ナラティブは組織運営を考える上でも、ひとつの基準になるということです。ゴミ箱を置くか置かないか。新入社員にどの程度のアクセス権限を与えるか。こうした極めて具体的な判断も、ナラティブに則って進めることができますよね。

ナラティブは、経営者を「決断疲れ」から救い出す

本田:おっしゃるとおりで、僕はもっと上位の経営判断にも、ナラティブは生かせると考えています。経営者の方にとっては、マーケティング云々より、そちらの方が実感しやすいナラティブのメリットかもしれません。

やっぱり経営者って、毎日が判断の連続ですよね。その都度個別に判断していたら、あっという間に疲弊しています。けれどナラティブがしっかり固まっていれば、つねにそれを軸として判断ができる。それに加えて、社内外の人間から「なぜその判断を下したんですか?」と尋ねられたときに、「それにはこんな理由があって…」と明確に答えることもできます。実はこの問答自体が一種のナラティブになっているんですよ。答えを聞いた人も納得感があるから、ついついそれを人に話したりしたくなる。先ほど山口さんがGoogleのエピソードを語ってくれたのも、同じような心理だと思うんです。

山口:いや、まさにその通りですね。もうひとつナラティブ的な判断ということで思い出したのが、ジョンソン・エンド・ジョンソンです。彼らはかの有名な「我が信条(Our Credo)」を有していますよね。そのなかでステークホルダーの序列を、「顧客・患者さん」「社員」「地域社会」「株主」と明確に定めています。だから彼らは、企業買収の際などにも「株主」の意見よりも、それ以外のステークホルダーの声を優先するそうです。

本田:企業買収などのスケールの大きな判断も、経済的合理性ではなくナラティブ的合理性で判断されたわけですね。

ナラティブによる「意味づけ」が、価値の源泉となる

本田:反対にまったくのナラティブ不在だと感じるのが、今回の東京オリンピックですね。マスコミは菅総理を「説明不足だ」と説明しますが、私に言わせれば、足りないのは説明ではなくて、ナラティブです。

山口:説明が不足している状況と、ナラティブが不在の状況とを混同してしまうことは、意外とよくありそうですね。

本田:実はそのふたつは全然違います。例えば、入りたくもない保険の説明を3倍の時間をかけて説明されて、加入したくなりますか? そんなことはあり得ませんよね。必要なのはなぜ保険に入るべきなのか、という物語を語ることです。まあ今回のオリンピックに関しては、物語の至るところに矛盾があって、ストーリーが破綻しているようにしか見えないのですが……。いい物語というのは、もっと求心力があるものです。物語の続きを、どこまでも追いかけていきたい。この物語を自分の人生にも投影して、生き方を変えてみたい。そこまで思ってもらえれば最高です。
山口:そう考えると、本田さんが手がけているような、ナラティブを生み出すお仕事って、本当に良い仕事ですね。個人や企業、製品が、どうあるべきなのかを、ナラティブという形で意味づけてあげられる。もちろん専門性も高い仕事だし、プロフェッショナルとしてのやりがいも得られるでしょう? これからナラティブを仕事にしたいと思う人が増えるんじゃないでしょうか。

本田:面白い仕事だと思いますよ。僕の直感では、ミレニアル世代やZ世代は「ナラティブ・ネイティブ」と言えるくらい、ナラティブとの親和性が高い。だから彼らにオススメしたいのは、どんな職種に就いたとしても、ナラティブ的なやり方、ナラティブ的なあり方を意識し続けることです。物語を通じて意味を創出する力は、きっとどんな仕事にも生かせるはずですからね。

山口:意味が希少な時代になっていますからね。希少なものには、それだけで価値が宿るものです。

本田:ナラティブが求められる時代になったのに、ナラティブ発想ができる人はまったく足りていないのが現状です。だからナラティブを理解して実践できるようになれば、絶対仕事にあぶれることはありません。そこは僕が保証します。

「Narrative Genes ~ナラティブの遺伝子たち~」

企業と社会の関係性が見直される時代に注目が集まる「ナラティブ」を
PRストラテジスト・本田哲也を中心に、企業経営、ブランディングの先駆者と共に考えるウェブサイト。

「ナラティブ」とは、企業と消費者(生活者、ユーザー)との「共体験」の物語のこと。
企業経営において重要な「共創」に着目した、新たなアプローチ概念です。

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