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会社のパーパスを自分ゴト化し、従業員のエンゲージメントを向上。KPMGの「1万ストーリーチャレンジ」

会社のパーパスを自分ゴト化し、従業員のエンゲージメントを向上。KPMGの「1万ストーリーチャレンジ」

近年、ビジネスの世界で頻繁に耳にするようになった「パーパス」という言葉。企業の存在意義を示すパーパスは、ナラティブの起点となるものであり、不可欠な要素です。

世界四大会計事務所のKPMGが行った「1万ストーリーチャレンジ」は、パーパスを起点にして会社と従業員をつなぐことを目的とした意欲的な取り組みです。「従業員が語る1万個のパーパス・ストーリー」を集めるために発足したチャレンジには、最終的に27000人の従業員が参加して、42000のストーリーが集まりました。どうしても一方的になりがちだった会社のパーパスを従業員が自分事として取り入れたことで、組織にどのような変化が生まれたのか。そして、そこから生まれた会社と従業員の共創の物語とは。KPMGの事例を見ていきましょう。

今、企業にパーパスが必要とされる理由

英単語の「purpose」は日本語で「目的」や「意図」と訳されますが、ビジネスの場では「存在意義」といったニュアンスで用いられます。なんのためにビジネスを行い、それにより社会にどのような良い影響があるのか。単なる利潤の追求だけでなく、社会におけるその企業の存在意義を明確にしたものがパーパスと言えます。人々の意識も大きく変わる中、これからの時代は「この製品はどれだけ地球環境や労働者の権利に配慮しているのか?」といった厳しい視点でモノを選ぶ消費者も増えてくるでしょう。安さや利便性だけで消費者がモノを選ぶ時代は終わりつつあります。

これまでも企業と社会のつながりを表す「CSR(企業の社会的責任)」という言葉がありました。では、従来のCSRとパーパスの違いはどこにあるのでしょうか。CSR的な考えでは、主に本業の利益で社会貢献や慈善事業が行われていました。企業活動のメインではなく、あくまでサブ的な位置づけとして行われる社会貢献、それがCSRでした。対してパーパスとは企業経営のメインに置くものです。利益を追求して、社会をより良い方向へ導く。今まではどうしてもトレードオフ的に捉えられていた二つの概念を両立しうるのがパーパスです。

しかし、パーパスを掲げたはいいものの、お題目のようになってしまっては意味がありません。その企業で働く個人がいかに自分事としてパーパスを咀嚼しているか。大切なのは企業のパーパスと個人の問題意識をシンクロさせることです。

企業と個人のパーパスをつなぐ「1万ストーリーチャレンジ」

(出典:https://advisory.kpmg.us/insights/future-hr/future-hr-purpose-culture/kpmg-purpose.html)

企業のパーパスを従業員が自分事として捉えるにはどうすればいいのか。その好例として、KPMGが行った「1万ストーリーチャレンジ」という取り組みがあります。世界四大会計事務所の一つとして知られるKPMGは、145の国で監査・税務・アドバイザリーサービスを提供するグローバル企業です。

KPMGには「社会に信頼を、変革に力を(Inspire Confidence,Empower Change.)」というパーパスがありますが、策定当初は絵に描いた餅で終わらないよう対外的な発表よりも先に内部での浸透に時間をかけました。経営層を含む従業員を対象に、自分自身のナラティブをベースにして会社のパーパスと向き合う機会を創出したのです。会社として大上段からパーパスを掲げたとしても、従業員が自分事として内省できなければ社内に浸透することはありません。会社として掲げるのは一つのパーパスですが、従業員のパーソナルなナラティブと結びつけることで、より多様性、具体性を持った行動指針として社内に浸透するでしょう。

そのための施策が「1万ストーリーチャレンジ」です。参加した従業員は、自身が考えたキャッチコピーと顔写真、概要説明のテキストを盛り込んだオリジナルのポスターを作成しました。このチャレンジにより、どのような新しいストーリーが生まれたのか具体的に見ていきましょう。

民主主義の推進、テロとの戦い……、個人の思いを反映したストーリー

(出典:https://advisory.kpmg.us/insights/future-hr/future-hr-purpose-culture/kpmg-purpose.html)

・「私はテロリストと戦います」
テロリストによるマネー・ロンダリングを防ぐために金融機関をサポートし、資金が犯罪やテロに使われることを防止する。金融の視点から国家の秩序を守る決意を表明しています。

・「私たちは民主主義を推進します」
ネルソン・マンデラ大統領が選出された南アフリカ初の選挙において、KPMGが選挙結果を認証する役割を果たしたことから生まれたストーリーです。

・「私たちは国家が傷を癒やすのを助ける」
アメリカの911同時多発テロが発生した際、KPMGは9000億円の費用を監査することで復興の基盤を築きました。その実績をもとにしたストーリーです。

上記以外にも「私は農家の成長を助けます」「科学を前進させる」といった個人の思いを反映したストーリーが生まれています。「社会に信頼を、変革に力を」という会社のパーパスを多くの従業員が取り込んだ結果、多彩な行動指針として広がっていったのです。
「1万ストーリーチャレンジ」では結果として27000人の従業員が42000枚のポスターを作成することになり、大きな成功を収めました。さらには、従業員の会社に対するエンゲージメントや、仕事に対するモチベーションの向上ももたらしました。開始後半年足らずの期間で「KPMGは素晴らしい会社である」と答えた従業員の割合が82%から85%に増加し、1年後には89%にまで向上しています。仕事に対する意識にも変化が見られ、「私の仕事には特別な意義がある」と考える従業員は76%に達しました。

会社と従業員がパーパスを共創することの重要性

これらの数値は、会社のパーパスが普段から部署内や部門内でどの程度話されているかによって変化が見られました。日常的にパーパスについての会話が交わされている部門や部署では94%が「KPMGは素晴らしい職場である」と考えており、同じく94%が「KPMGで働いていることを誇りに思う」と答えています。しかし、パーパスについての会話が普段から交わされていない部門や部署では、「KPMGは素晴らしい職場である」と考える従業員の割合は66%、「KPMGで働いていることを誇りに思う」と応えたのは68%にまで低下しました。

年間の離職率も顕著な差が見て取れます。パーパスについての会話が少ない部門や部署での離職率が9.1%であるのに対して、パーパスについての会話が頻出する部門や部署では5.6%という低めの結果が出ました。このことから、会社の掲げるパーパスとはお題目ではなく、従業員のエンゲージメントやモチベーションや大きな影響を与え、パフォーマンスも向上させることがわかりました。KPMGの取り組みから見えてくるのは、会社と従業員が共創するうえで、ナラティブの起点となるパーパスが社内で自分ゴト化されていることの重要性であり、そこから企業の新たなナラティブが生み出されていくはずです。

「Narrative Genes ~ナラティブの遺伝子たち~」

企業と社会の関係性が見直される時代に注目が集まる「ナラティブ」を
PRストラテジスト・本田哲也を中心に、企業経営、ブランディングの先駆者と共に考えるウェブサイト。

「ナラティブ」とは、企業と消費者(生活者、ユーザー)との「共体験」の物語のこと。
企業経営において重要な「共創」に着目した、新たなアプローチ概念です。

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