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ビジョナリーカンパニーからナラティブカンパニーへ。企業を変革する「物語」の力とは何なのか

ビジョナリーカンパニーからナラティブカンパニーへ。企業を変革する「物語」の力とは何なのか

コロナ禍によって世界が大きく書き換わった現在。他領域と同じように広報PRの分野でも企業を変革する力、変革(トランスフォーム)が求められている。日本を代表するPRストラテジストである本田哲也がその鍵を握る概念として提唱するのが「ナラティブ」だ。従来の「ストーリー」とは何が異なるのか。ナラティブは企業活動にどのような変革をもたらすのか。豊富な実例を交えながら、そのアウトラインを辿っていく。

「ナラティブ」とは、企業があらゆるステークホルダーとともに紡いでいく物語

本日のテーマは「トランスフォームする戦略広報」です。企業の変革を見据え、広報やPRの仕事は、今後どういった方向に進むべきなのか。そこにどんな新しい価値を付け加えていけばいいのか。そんなお話ができればと思います。キーワードは「ナラティブ」です。

「ナラティブ」という言葉を辞書で引くと、次のように記されています。
日本語に正確に置き換えるのは難しいですが、ひとまず「語る」というニュアンスが重要だと理解してください。

この「ナラティブ」という考え方は、これまで主に「医療」と「教育」の分野で活用されてきました。まずは臨床心理学の分野で1998年に「ナラティブ・アプローチ」という手法が提唱されます。これは簡単にいうと、医師ではなく、患者さんに語ってもらうことで、人生というストーリーのなかで病気をどう位置づけるかを考える、といったアプローチです。教育も同じで、教師ではなく、「生徒を主役」と捉えることで、課題を解決していこうというわけです。

数年前からはビジネスの領域でも、「ナラティブ」は脚光を集めています。ノーベル経済学賞を受賞したロバート・シラー教授が2019年に著したのが、その名も『ナラティブ・エコノミクス』。かいつまむと、ビットコインや不景気といったマクロな経済事象の背景に、社会のなかで人々が共有するある種の「物語」、つまりナラティブがあることを解き明かした著作です。

さらに最近では、広告やマーケティング、PRの領域でも「ナラティブ・マーケティング」や「ナラティブ・ブランディング」といった言葉を見聞きします。今や「ナラティブ」という言葉は、一種のバズワードになりつつある。しかし改めて「ナラティブとは何か?」と問われると、その本質を説明できる人は、あまりいないはずです。そこで私は、「ナラティブ」を次のように定義しました。
ナラティブとは、「物語的な共創構造」である。もう少し噛み砕くなら「企業やブランドが、生活者(あなた)を含む、あらゆるステークボルダーと、ともに紡いでいく物語」とでも言いましょうか。

「ナラティブ」と「ストーリー」は似て非なるもの

こう説明すると「それはつまり『ストーリー』ですよね」とおっしゃる方がいるはずです。「ストーリーテリングとか、ブランドストーリー、コーポレートストーリーと呼ばれてきた手法とどう違うのですか?」と。実際に「ナラティブ」と「ストーリー」を明確に分けることはなかなか難しいのですが、今日は3つの視点から整理してみましょう。
まずは「演者」の違いです。わかりやすく言うと、コーポレートストーリーやブランドストーリーにおいては、主役はあくまで企業なんです。そして生活者は、ストーリーを一方的に聞かされるオーディエンスに過ぎません。ところがナラティブでは、主人公が企業とは限らない。もちろん企業も登場しますが、それはひとりの演者としてに過ぎません。主人公は、ある意味ステークホルダー全員です。

次に「時間軸」。ストーリーには、起承転結があります。始まりがあって、必ず結末がある。けれどナラティブには終わりがありません。現在進行形で、ずっと語りが続いていく。つまり、過去も現在も未来も含んだ概念だということになります。

最後に「舞台」。コーポレートストーリーやブランドストーリーで語られるのは、主に業界内やカテゴリー内における物語であることが多かった。つまり、舞台が少し狭い。それに対して、ナラティブの舞台は社会全体。一歩引いた目線で、世の中を巻き込みながら物語が展開されていきます。

以上がストーリーとナラティブの大きな違いです。ここまで差異を強調してきましたが、ストーリーとナラティブには共通している部分もあります。それは「起点」です。どちらも創始者やその企業の強い思い(パーパス)がなければ、物語は決して始まりません。

「ナラティブカンパニー」パタゴニアやアップルから学ぶこと

ここまで説明してきたようなナラティブを実践している企業を、私は「ナラティブカンパニー」と呼んでいます。では、どんな企業がナラティブカンパニーなのか、具体例を挙げてみたいと思います。

まずはパタゴニア。みなさんご存じのアウトドアブランドです。彼らは2018年に、トランプ元大統領が「ある国指定保護地域の範囲を大幅に縮小する」と発表したことに対し、「大統領を訴える」という行動に出ました。訴訟大国であるアメリカらしいとも言えますが、パタゴニアが掲げる「我々の故郷である地球を救う」の実践でもあるわけです。

彼らのナラティブが優れていたのは、パタゴニアのユーザーはもちろんノンユーザー、さらにはアウトドアカテゴリの競合さえも巻き込むだけの共感性を備えていた点でしょう。さまざまなステークホルダーとともに「我々の故郷である地球を救う」という物語を紡ぎ上げ、それが結果としてパタゴニアの価値を向上させることにつながりました。

アップルも、ナラティブを語るうえでは欠かせない会社です。彼らはパソコン市場をIBMが独占していた時代に、かの有名な「1984」という広告を生み出しました。ジョージ・オーウェルの小説『1984』になぞらえ、複雑なインターフェイスにしばられたパソコンを、そのユーザーを、アップルが救い出す。そんな物語性が込められた広告でした。これもナラティブの優れた実践例でしょう。

そして一昨年、『フォートナイト』という人気オンラインゲームを、アップルがiPhoneのアプリストアから締め出すという事件が起こりました。締め出しの理由や是非については置くとして、少なくともアップルが「抑圧する側」に回ってしまったわけです。

そこで『フォートナイト』を販売する、エピック・ゲームズの打った手が鮮やかでした。リンゴの顔をした独裁者が、ビッグブラザー(『1984』に登場する独裁者)のようにフォートナイトのユーザーを監視している様子を描いた動画をYouTubeにアップしたのです。アップルがかつて「1984」で打ち出した物語を、現代の物語として語ってみせる。非常にナラティブなやり方だと思います。

コロナ禍が浮き彫りにした三つの変化

ナラティブ・カンパニーとはどんな会社か、なんとなくイメージがついたでしょうか? しかし、アップルの事例に触れたことで、昔からあったナラティブという手法に、なぜ今さら注目するのか? と疑問を抱いた方もいるかもしれません。その背景には、ここ数年の社会の大きな三つの変化があります。
まず一つめの変化は、「共体験」の価値向上です。共体験とは、同じ空間、同じ時間に、同じことをすること。例えば日本では「お祭り」が共体験の最たる例です。逆接的に感じるかもしれませんが、社会の「分断」は「共体験」を加速します。SNSが生んだ価値観の分断を、コロナ禍がより深いものとした今、価値観ごとに細分化された社会集団のなかで、いかに「共体験」をつくりだすか。そこではナラティブの力が必要不可欠です。

コロナ禍における共体験的な取り組みの例としては、高校生たちが自宅で歌う動画を活用したポカリスエットのCMシリーズ「ポカリNEO合唱」が挙げられるでしょう。

二つめの変化は、「社会的距離」の見極めです。社会的距離とは、感染症対策としての「ソーシャルディスタンス」として広く知られるようになりました。しかし本来は、ある集団と集団との「間合い」のようなものです。もっとわかりやすくいうと、企業がほかのステークホルダーと適切な「間合い」を取ることが大切ということです。これは近すぎても遠すぎてもいけない。とりわけコロナ禍においては、物理的な距離を維持しつつ、いかに間合いを詰めるか=エンゲージメントをつくりだすかを考えなくてはなりません。

この実践として特に印象深かったのは、サンリオピューロランドの取り組みです。テーマパークが休園するなかで、彼らはキャラクターがダンスの練習をしたり、スタッフが園内の電球を交換したりする、本来は公開しない風景を動画にまとめてアップしました。ご覧になると、きっとウルっとくる人も多いと思います。場所を共有しなくとも、ファンの気持ちをぐっと掴める事を証明した、優れたクリエイティブです。

三つめの変化は「自分らしさ」が問われるようになったこと、です。企業における自分らしさ(オーセンティシティ=正当性、真正性)とは、信念と行動の一致であると私は考えています。

例えば、ナイキはBlack Lives Matterに反応して「Don’t Do It」というメッセージ動画を公開しました。同社の有名なスローガン「Just Do It」をもじって、黒人差別を「やめろ」と呼びかけたわけです。これ自体は素晴らしいメッセージだったのですが、思わぬところで味噌がついてしまった。「ナイキの上層部を見てみろ。白人だらけじゃないか」と、かえって批判されてしまったのです。言動と行動のギャップが、あっという間に見抜かれてしまう時代になったのです。

改めて整理すると「共体験」を生み出すためにも、適切な「社会的距離」を維持するためにも、物語は欠かすことができません。そしてその物語の「起点」にあるのは一貫した信念、つまり企業の「自分らしさ」です。つまりこの3つの社会の変化を乗り越えるために必要なのが「ナラティブ」にほかならないのです。

ロッテが描いた「自らを主役としない」物語

ナラティブという概念や、その必要性について、なんとなく輪郭を掴んでいただけたでしょうか。ここからは、実際の企業がどのようにナラティブを設計し、それを語っているのかを、事例をもとに分析してきたいと思います。
最初に取り上げるのはお菓子メーカーのロッテです。同社は「人生100年時代に貢献するESGカンパニー」を目指しているのですが、それが「ロッテといえばお菓子の会社」という既存のパーセプションとズレを生んでいました。
ここで着眼したのが、ロッテの有名ブランド「キシリトール」発祥の地であるフィンランドです。
フィンランドはSDGsの達成が非常に進んでいる国です。30代の若き女性が首相に就任したことも話題を呼びました。何よりフィンランドでは、メーカーや行政、教育機関など多くのステークホルダーが協力し、キシリトールの摂取体制を築いてきたという歴史があり、それが口腔健康を支えてきました。
それなら、日本でもフィンランドと同じ環境を共創してみよう。これをナラティブの大きな方向性として、幼稚園や保育園へのキシリトールの提供をはじめ、さまざまな活動を展開していったのです。具体的には2023年までに10自治体の連携、2028年までに「歯と口の健康のためにキシリトールを生活に取り入れる人の割合」を50%まで引き上げることを目標としています。
この取り組みでまず注目すべきなのは、ロッテをいきなり「主役」として据えていない点です。「日本のフィンランド化」とでもいうべき社会課題から、ナラティブが始まっていく。広告によるコミュニケーションだけでなく、自治体との連携など実態も伴っています。そしてこの取り組みを推進できるのは「20年以上に渡ってキシリトールを提供してきたロッテしかいない」ということで「自分らしさ」も十分です。

スタートアップ企業が「車椅子」のイメージを覆す

ロッテのような大企業だけではなく、スタートアップの領域においてもナラティブは重要です。ここで「WHILL(ウィル)」というスタートアップ企業を取り上げてみましょう。彼らが提供するのは「次世代型電動車椅子」とでも呼ぶべきプロダクトです。従来の「車椅子」の概念を覆すような高齢者の前向きな外出を支援するパーソナルモビリティの普及を目指しています。
ところが、WHILLの手がけるプロダクトは一見すると車椅子なので、そのイメージを覆すことは簡単ではありません。そこでナラティブの出番です。まず着目したのは、「動かないこと」で引き起こされる高齢者のフレイル(虚弱)でした。さまざまに調査を重ねるなかで、「動くことが推奨される一方、どれくらい動けばいいのかを示す明確なガイドラインがないこと」を「発見」します。そこで同社は「社会的活動範囲」という、新たなコンセプトを開発しました。つまり「社会的活動範囲を広げて、フレイルを防ぎましょう」というナラティブを語り始めたのです。
ここでもポイントは、「とにかくWHILLを使いましょう」という直接的な呼びかけをしていないこと。「WHILLと歩行の組み合わせが最適です」「公園までひとりで散歩してみるといいと思います。でも、遊園地などでお孫さんのペースで移動するときは、WHILLを使ってみではどうですか」といった具合に、「社会的活動範囲」のナラティブの中に位置付けられています。その上で、最終的には「人生は70歳からが面白い。WHILLは、その喜びを具現化したような商品です」というところに落とし込む。これによって、「WHILLは、元気なシニアの前向きな外出を促すパーソナルモビリティである」という認識を作りだしていったのです。

単なる「バズ」で終わらせない 味の素冷凍食品の戦略

最後は、もう少しマーケティング寄りの事例として、味の素冷凍食品の「冷凍餃子」に関するナラティブをご紹介します。昨年、冷凍餃子がTwitterを騒がせたことをご存じでしょうか。とある主婦の「冷凍餃子は手抜きと夫に嫌味を言われた」といったツイートをきっかけに、「冷凍餃子論争」が紛糾します。
そこで味の素冷凍食品は公式アカウントで、いちはやく『冷凍餃子を使うことは「手抜き」ではなく、「手”間”抜き」ですよ!』とツイート。これがものすごい反響を呼び、「44万いいね」がつくまでになりました。これだけならば「バズったね!」という話し止まりなのですが、同社はそこで終わらなかった。『手抜きじゃなくて、手間抜きなんだ』というメッセージを、企業として発信し、ナラティブを紡ぎ始めます。
発端となったツイートの約二ヶ月後、2020年の10月に、味の素冷凍食品は「おいしい冷凍餃子の作り方〜大きな台所編〜」と題した動画を発表。工場でどれだけ手間をかけて餃子が作られているのかを2分間の映像で、シンプルに表現しました。この動画は一ヶ月間で90万回され、動画の発表後は「いいんだよ、冷凍餃子を使っても」といったように、冷凍餃子に対するツイートのポジティブ比率が40%以上アップしています。「手間抜き」のナラティブが企業と生活者によって共創的に語られ、人々のパーセプション(認識)を変えたのです。売上も20%増加し、マーケティングとしての成果もありました。

「ナラティブ」を生み出し、正しく機能させるために

さて、ここまでの事例を踏まえて、ナラティブを描き、実践するための要素を整理してみましょう。
まずはナラティブの「起点」となるパーパスと、社会的な大局観です。社会的にどんな課題があるのかを、リサーチを重ねながら具体的に把握していきましょう。
二番目に重要なのは、「なぜ御社がそれに取り組むか」に明らかにすること。「自分らしさ」はしっかりあるのか、言動と行動を一貫させられるのかを固めておく必要があります。ここが不十分だと「炎上」につながってしまう。
最後が、未来のステークホルダー体験。今の話に終始するのではなく、10年後、20年後の未来を描き出すことが今後ますます需要になります。
そして、ナラティブがナラティブとして成立するか、機能するかは、次の三つのチェックポイントで点検できます。
まずは「物語性」があるか。それを聞いた人がワクワクして他の人に話したくなるような物語性があるかを検討してみましょう。次に「共創」されているか。企業やブランドだけが主役になるのではなく、複数のステークホルダーが、物語の主体を担っていなければなりません。最後に「構造」として機能しているか。ナラティブにはストーリーのような結末がありません。継続的に語り続けられるナラティブのなかで、広告やPR、商品開発や採用などの企業活動は立体的に整合しているか。こうしたポイントが重要になります。
時代は、ビジョナリーカンパニーからナラティブカンパニーへ。ナラティブの重要性が、広報やPRを担う皆さまに少しでも伝わっていれば幸いです。

「Narrative Genes ~ナラティブの遺伝子たち~」

企業と社会の関係性が見直される時代に注目が集まる「ナラティブ」を
PRストラテジスト・本田哲也を中心に、企業経営、ブランディングの先駆者と共に考えるウェブサイト。

「ナラティブ」とは、企業と消費者(生活者、ユーザー)との「共体験」の物語のこと。
企業経営において重要な「共創」に着目した、新たなアプローチ概念です。

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