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大切なのは流行よりも、生活者の「小さな物語」との対話。ユナイテッドアローズが顧客と紡ぐナラティブ

大切なのは流行よりも、生活者の「小さな物語」との対話。ユナイテッドアローズが顧客と紡ぐナラティブ

2021年4月にユナイテッドアローズの社長に就任した松崎 善則氏。1人の客として訪れたユナイテッドアローズの接客に感動し、アルバイトして1997年に入社したところから氏のキャリアは始まります。日本を代表するセレクトショップとして常に半歩先の提案を行ってきた同社は、この激動の時代をどのような戦略で乗り切るのか。ユナイテッドアローズの長年のファンだと自称する本田哲也との対談から見えてきたのは、徹底した顧客起点の考えでした。

お客さまとの距離感を大切に

本田:松崎さんはアルバイトとして1997年にユナイテッドアローズに入社したそうですが、そのきっかけを教えてください。

松崎:昔から、じかに「ありがとう」といってもらえる接客やサービスの仕事に魅力を感じていました。以前はホテルで働いていましたが、洋服が大好きだった自分にとって、毎日制服で働く仕事にどこか物足りなさを感じるようになってしまい、思いきってアパレルの世界に飛び込もうと思ったんです。

実際に接客を体験してみようといくつかのショップに足を運んだところ、ユナイテッドアローズは、どこか他店と雰囲気が違いました。当時のアパレルの世界は横柄なショップスタッフもいたこともあったのですが、ユナイテッドアローズのスタッフは皆腰が低くて言葉遣いも丁寧。凜とした立ち振る舞いで、店のしつらえも雰囲気がある。すぐに働きたいと思ってスタッフに伝えたらそのときは募集をしていなくて断られましたが、数ヶ月後に連絡があり、渋谷明治通り店(現在は閉店)で働くことになりました。
本田:松崎さんの前だから言うわけではないですが、ユナイテッドアローズの接客の心地よさは別格だと思います。新人に対してはどういう方法で教育や研修を行っていますか?

松崎:入社研修や理念研修、フォローアップ研修などは当然ありますが、やはり皆周囲の空気にだんだんとなじんでいきますね。端的に述べるとそういった「風土」があるんでしょう。私も入社した当初は長髪でカラーコンタクトをして浮いていましたから(笑)。

弊社では「品」という言葉をよく使います。常々スタッフには「品よくあれ」と言っています。必要以上に格好つけることは格好悪いし、食費を削ってまで無理して高いスーツを買うのは品がない。組織として品のよさについて考える時間が多いのかもしれません。

本田:「品を大事にしています」とお客さまに対してあからさまに打ち出すわけではないけれど、その内情を知ると納得するところがありますね。ビジネスだから売り上げも大事でしょうが、押しつけがましくない。そういったほどよい距離感が大事な時代ですよね。

松崎:お客さまとの距離感については永遠の課題ですね。今はあまり使わない例えですが、昔はよく「結婚相手のお宅に行くときの装いと気持ちで接客に臨みなさい」とスタッフに伝えていました。べらべらと話しすぎてもダメだし、黙っていても面白みがない。お客さまに好かれるスタッフになれということです。

本田:それは絶妙な例えですね。上から目線で来られるのもいやだけど、妙にフレンドリーすぎるのも気になる。結婚相手の家に行くときの気持ちという例えには驚きましたが、納得です。

業務効率化ではなく、顧客体験の向上を図るDX

本田:松崎さんから見てここ数年で一番成果が出た施策や大きな変革について教えてください。

松崎:基本的に私たちのビジネスはお客さまから商品の対価を受け取る形なので、何かを劇的に変えたり、販売方法を大きく変えたりするような取り組みは今までもしていません。ただ、お客さまが便利で快適な買いものができるよう必要に応じてデジタル化を進めています。

弊社は創業後初期の頃は手書きで店舗ごとに顧客管理をしていました。どの店舗でどんな商品を購入して、身長はこれくらいといった情報ですね。それを2007年に「ハウスカードサービス」という形でデジタル化し、弊社の各ブランドや店舗を横断して顧客情報を共有できるようにしました。

本田:顧客情報が共有されることで、すべてのブランドや店舗でよりお客さまにマッチした接客が可能になるということですね。

松崎:もう一つは、昨年8月に会員プログラムをこれまでの「ハウスカード」から「UA クラブ」にリニューアルしたことです。各ブランドで異なっていた会員ステージ制度や特典を共通化したり、従来のポイントをマイル・クーポン制度に変更して貯めて使うことを楽しんでいただいたりと、一人一人のお客様との関係性を継続的に深めていきたい目的です。

本田:お客さまが意識していないところで、顧客体験の改善が行われているわけですね。単なる業務効率化ではなく、顧客体験をよりよくするためのDX。これこそ本来のDXですね。

大きなトレンドよりも、一人ひとりのナラティブを大事に

本田:お客さまからの感謝の声をまとめたサンキューノートもユナイテッドアローズならではの文化ですね。

松崎:実はサンキューノートだけでなく、お客さまからのお叱りの声を集めたクレームノートもあるんです。以前はお客さまの不満を解消する目的でクレームノートにスポットをあてていたのですが、感謝の声を共有したほうがいいと考えサンキューノートを重視するようになりました。電話やメール、店頭で感謝の声をいただくこともありますが、中には手間と時間をかけてお手紙を送っていただくお客さまもいらっしゃいます。

本田:サンキューノートにはどんな声が載っているんですか?

松崎:さまざまな声がありますが、「人生が変わりました」といったお声は月一ほどのペースでいただきます。

本田:月に一回ですか!?誰かの人生を月に一回変えているという事実はスゴいですね。

松崎:プロポーズするときの服装で悩まれている方のご相談に乗ることもありますし、体調が悪くて塞ぎ込んでいるお母様のために当店で洋服を購入してプレゼントしたら、驚くほど表情が明るくなったという感謝の言葉をいただいたこともあります。そういった人生の大切なシーンにユナイテッドアローズの商品が紐付けられています。
本田:まさに生活者のナラティブにブランドが寄り添っていますね。私も以前、娘の七五三に合わせてユナイテッドアローズの店舗ででスーツを新調したことがありますが、いろいろと相談に乗っていただいたことを思い出しました。ちなみに、サンキューレターをもらう頻度は以前と比べてどうですか?

松崎:増えましたね。多分世の中的に、皆さんの心が優しくなっていると思うんです。

本田:日々の生活で体験した豊かな話をSNSに書き込んだり、手紙にしたためたりするのは気持ちのいい行為ですからね。昔に比べて優しい社会になっているのかもしれませんね。だとしたら、そういった世の中の空気感に対応しているユナイテッドアローズの取り組みは素晴らしいですよね。

松崎:変化といえばコロナ前とコロナ後で、トレンドを気にする人が少なくなった印象ですね。ECではよりパーソナライズされた買いもの体験ができますし、大きな流行の提案よりも、その人にフィットする接客がこれまで以上に求められていると思います。

本田:これまでは生活者と関係のないところで大きなトレンドが生まれ、ファッションストリームがつくり上げられてきました。それ自体を否定はしませんが、今は先ほどのサンキューノートの話のように個人に紐づいているナラティブ、生活者の小さな物語を見る必要のある時代ですよね。

主人公はお客さまであり、私たちはサポートに徹する

本田:松崎さんは全国の店舗に足を運び地方のスタッフとじかにコミュニケーションを取られているそうですが、その理由を教えてください。

松崎:店舗はお客様との起点ですし、店舗の問題解決がお客様満足に直結するというのもありますがやっぱり社長が店舗に来たら嬉しいと思うのですよ。いや、もしかしたら迷惑がられているかもしれませんが(笑)。トップが来て現場を見て、自分たちの声を聞いてくれるとなったら嬉しいじゃないですか。現場と社長である私の間にはいくつもの階層があるんです。実際の現場の状況と自分が聞いている情報にどれだけのギャップがあるのか。そこを見極めるためでもあります。

本田:やはり権威的にならないよう、意識はされているんですか?

松崎:私自身はそう務めていますけど、スタッフからすれば気は使うでしょうし緊張もするでしょう。また本社が少しでも偉ぶったら終わりだと思うのです。私たちはサポート部門なので、店舗のスタッフがストレスなく接客できる環境をつくるだけです。

本田:店舗はお客さまのものであり、よりよい顧客体験を提供するために本部は店舗のサポートに徹する。本部が偉ぶらないという点は大切ですね。

松崎:主人公はお客さまなので、私たちは主人公に対してお手伝いをするだけです。「私たちがおしゃれにして差し上げます」みたいなスタンスだと、お客さまとの関係性はなかなか築けません。繰り返しますが、主人公はお客さまであり私たちは脇役なんです。

本田:松崎さんのような実践者にいわれるととても説得力がありますね。実践者の言葉には深みと重みがある。本日は貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。

「Narrative Genes ~ナラティブの遺伝子たち~」

企業と社会の関係性が見直される時代に注目が集まる「ナラティブ」を
PRストラテジスト・本田哲也を中心に、企業経営、ブランディングの先駆者と共に考えるウェブサイト。

「ナラティブ」とは、企業と消費者(生活者、ユーザー)との「共体験」の物語のこと。
企業経営において重要な「共創」に着目した、新たなアプローチ概念です。

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