ナラティブを現場で紡ぐマネジャーが求められる時代。人材育成・組織強化のエキスパート、坂井風太氏と語る、マネジメントにおけるナラティブの重要性
日本型の終身雇用制度や年功序列の給与体系が過去のものとなりつつある現代。「一生この会社に勤めていれば安心」という神話が崩れた時代において、人材育成・組織マネジメントはどのような問題を抱えており、どのように変化するべきなのでしょうか?
組織効力感などの理論をもとに、人材育成の構築支援を行う株式会社Momentorの代表取締役 坂井風太氏は、現代では人材育成やマネジメントにもナラティブが重要だと言います。今回は本田哲也とともに、マーケティング領域にとどまらない、新時代のマネジメントにおけるナラティブの重要性について語ります。
生き方が画一化されていた時代が過ぎ去り、個のナラティブが重要に
本田:坂井さんが、人材育成・組織マネジメントの領域においてナラティブが重要だと思う理由を教えてください。
坂井:僕は高校時代から「現代における不安の正体とは何なんだろう?」という疑問をもっていて、これまでいろいろと考えてきました。哲学的な背景でいうと、「画一的な価値観」の消失が大きいと考えています。戦後から高度成長期にかけては、会社に尽くせば会社も成長するし、給与も増えるし、生活水準も上がるから、結果的に報われる。そういった画一的な生き方が可能で、時代として求められていました。
しかし、91年生まれの私が高校生、大学生になったときには終身雇用も存在せず、リストラも当たり前になり、従来の画一的な生き方が瓦解してしまったという実感がありました。「この企業に勤めていれば大丈夫」という物語構造がなくなったが故に、人生の絶対解ではなく、個別の納得解が求められるようになった。ここにナラティブの重要性があります。これは21世紀における重要なテーマだと考えています。
坂井:僕は高校時代から「現代における不安の正体とは何なんだろう?」という疑問をもっていて、これまでいろいろと考えてきました。哲学的な背景でいうと、「画一的な価値観」の消失が大きいと考えています。戦後から高度成長期にかけては、会社に尽くせば会社も成長するし、給与も増えるし、生活水準も上がるから、結果的に報われる。そういった画一的な生き方が可能で、時代として求められていました。
しかし、91年生まれの私が高校生、大学生になったときには終身雇用も存在せず、リストラも当たり前になり、従来の画一的な生き方が瓦解してしまったという実感がありました。「この企業に勤めていれば大丈夫」という物語構造がなくなったが故に、人生の絶対解ではなく、個別の納得解が求められるようになった。ここにナラティブの重要性があります。これは21世紀における重要なテーマだと考えています。
本田:いわゆる「大きな物語」の瓦解ですね。マーケティングの分野では、戦後から高度成長期は大量に作って、大量に宣伝した商品が売れたわけです。お茶の間でCMを流して、車も家電もあらゆる消費行動が大きなナラティブのもとで生まれていた。けれども、誰もが同じ商品を買う時代は終わり、家族全員で集まるお茶の間は消滅し、スマホの登場で大きな物語から、個別の小さな物語へのシフトが起こっている点は、共通すると思います。
坂井:なるほど、お茶の間の消滅ですか。マネジメントの世界では、終身雇用や年功序列といった価値観が染みついている世代と、そうでない若い世代の間で分断が起きていると私は感じます。40~50代の管理職層の世代にとっては、与えられた職務をこなすことが優秀さの証であり、そこに「何のために働くのか?」「なぜこの会社にいるのか?」といった個別のナラティブは必要なく、「いわれたことは、しっかりやる」だけなんです。生き方が画一化されていた世代と、多様な生き方ができるため自分なりの納得解が欲しい世代とで、分断が起きていると強く感じます。
坂井:なるほど、お茶の間の消滅ですか。マネジメントの世界では、終身雇用や年功序列といった価値観が染みついている世代と、そうでない若い世代の間で分断が起きていると私は感じます。40~50代の管理職層の世代にとっては、与えられた職務をこなすことが優秀さの証であり、そこに「何のために働くのか?」「なぜこの会社にいるのか?」といった個別のナラティブは必要なく、「いわれたことは、しっかりやる」だけなんです。生き方が画一化されていた世代と、多様な生き方ができるため自分なりの納得解が欲しい世代とで、分断が起きていると強く感じます。
ナラティブは常に再構築され続けるもの
本田:ナラティブが必要ない世代というのは、個々のナラティブは実は存在していて、友人や知人には話せるけれども、会社の部下とのやりとりや人材育成など、会社領域のことになると、ナラティブに無自覚になるというか、発露しないということですよね。
坂井:そうですね。私が考えている仮説としては、ナラティブをもってはいけないと考える世代が存在するというものです。「会社に雇われているだけでいい」「生き残るためにはプロフェッショナルでなければいけない」と思う世代のことを指し、就職氷河期の方にもそういう傾向があります。
私も研修の中でいろいろな理論を扱うのですが、日本の大企業でやたらナラティブが流行るんです。それは、働く上で自身のナラティブなんて考えたことがなかったからです。だから若手世代とのギャップが生まれるわけですよね。
本田:そういう分断を解決するためにも、ナラティブは有効ということですね。
坂井:そうですね。私が考えている仮説としては、ナラティブをもってはいけないと考える世代が存在するというものです。「会社に雇われているだけでいい」「生き残るためにはプロフェッショナルでなければいけない」と思う世代のことを指し、就職氷河期の方にもそういう傾向があります。
私も研修の中でいろいろな理論を扱うのですが、日本の大企業でやたらナラティブが流行るんです。それは、働く上で自身のナラティブなんて考えたことがなかったからです。だから若手世代とのギャップが生まれるわけですよね。
本田:そういう分断を解決するためにも、ナラティブは有効ということですね。
坂井:そうですね。自分のナラティブを考えて話してもらうところから入りますが、多くの方はそれぞれのナラティブをもっています。「なぜその会社で、何のために働いているのか?」という問いへの答えをこれまで考える機会がなかっただけで、そこを深く追求すると自分だけのナラティブをもっていることが分かります。「家族に働いている自分の背中を見せたいから」という想いも一つのナラティブです。ただ、ナラティブは基本的に編集され続けるものです。私が就活時に語っていたナラティブと、今現在のそれは違います。常に再構成され続けるものがナラティブです。
本田:ナラティブは編集され続ける、というのは本質的な指摘ですね。ナラティブは他人や会社、社会との関係性の中で編集されていくから、10年前の私のナラティブと、今の私のナラティブは変わってきます。
本田:ナラティブは編集され続ける、というのは本質的な指摘ですね。ナラティブは他人や会社、社会との関係性の中で編集されていくから、10年前の私のナラティブと、今の私のナラティブは変わってきます。
ナラティブを語れるマネジャーの重要性
坂井:企業のマネジメントの課題の一つは、ナラティブを整理できるマネジャーがいないことです。二つめは、社員のナラティブと会社の仕事を紐付けられないから、何か別の目標が見つかった途端に離職する人間が出てくることです。Aさんには理想の生き方があるけれど、今の会社では実現できないことに気づいてしまったら、すぐに離れていくでしょう。
本田:そのリスクを減らすために、企業側は従業員のナラティブと結びつけられるコーポレートナラティブを策定するわけですね。一人ひとりの従業員と会社がつながっていることを発信する努力も、今の企業には求められています。
坂井:企業のミッション・ビジョン・バリュー(以下、MVV)はナラティブの集積地であるべきと考えていますが、多くの企業はそれができていないので、ハリボテ化しています。
そこで重要なのが、ナラティブを現場で紡ぐ役割のミドルマネジャー(中間管理職)の存在です。ナラティブは対話から形成されるので、例えば「Aさんのおかげで、顧客のB社が喜んでいたよ」といった事実を従業員に伝えることで、顧客の喜びをもとにしたナラティブが紡がれる可能性もあります。また、それぞれの従業員の強みや持ち味を見出すことで、ナラティブの輪郭を一緒に描く作業ができるかもしれません。
けれども、顧客の声を伝えて従業員を褒めるのはどことなく恥ずかしいから伝えないし、各自の強みや持ち味を引き出すことは、本来のマネジャーの仕事ではないと考え、手つかずのまま。本来、マネジメントは文脈を重視する「コンテクストマネジメント」であるべきですが、実際には「コントロールマネジメント」になっています。コンテクストマネジメントの必要性を理解し、自身もその技術を身につけているマネジャーの不在が課題です。
本田:そのリスクを減らすために、企業側は従業員のナラティブと結びつけられるコーポレートナラティブを策定するわけですね。一人ひとりの従業員と会社がつながっていることを発信する努力も、今の企業には求められています。
坂井:企業のミッション・ビジョン・バリュー(以下、MVV)はナラティブの集積地であるべきと考えていますが、多くの企業はそれができていないので、ハリボテ化しています。
そこで重要なのが、ナラティブを現場で紡ぐ役割のミドルマネジャー(中間管理職)の存在です。ナラティブは対話から形成されるので、例えば「Aさんのおかげで、顧客のB社が喜んでいたよ」といった事実を従業員に伝えることで、顧客の喜びをもとにしたナラティブが紡がれる可能性もあります。また、それぞれの従業員の強みや持ち味を見出すことで、ナラティブの輪郭を一緒に描く作業ができるかもしれません。
けれども、顧客の声を伝えて従業員を褒めるのはどことなく恥ずかしいから伝えないし、各自の強みや持ち味を引き出すことは、本来のマネジャーの仕事ではないと考え、手つかずのまま。本来、マネジメントは文脈を重視する「コンテクストマネジメント」であるべきですが、実際には「コントロールマネジメント」になっています。コンテクストマネジメントの必要性を理解し、自身もその技術を身につけているマネジャーの不在が課題です。
個々がセルフマネジメント、セルフリスキリングをする時代に
本田:会社におけるマネジメントの課題に対して、20代の若手の課題はどのようなものでしょうか?
坂井:これからの時代、従業員のマネジメントはマネジャーがやるのではなく、各自がセルフマネジメント、セルフリスキリングをする時代になるでしょう。マネジャーの多くはプレイングマネジャーで人材育成にかける時間もなく、いつ辞めるか分からない従業員に対してどこまでリソースを割くべきかの見極めも難しい。
そこで私はクライアント企業に対して、「坂井の資料と動画を従業員の皆さんに渡してください」という提案をして、従業員が自己成長できるような仕組みをつくっています。私はナラティブのない会社で働いていましたが、2ヶ月に一度早朝から出社して、3時間ほどかけて「なぜ自分はこの会社で働いているのか?」「どのような価値観を大事にしているのか?」といった問いの答えを考え、自己流でセットをしました。人材育成やマネジメント理論はシステマチックにできるもので、いずれはAI化も可能だと考えています。
本田:それは、自己成長をするうえでの悩みなどに答えてくれるAIということでしょうか?
坂井:そうですね。例えば、「仕事に対して意味を感じられない」という悩みに対しては、自己のナラティブを構築するアプローチで対応できるわけです。「今の仕事は、とても自分にできるとは思えない」という悩みには、自己効力感を高めるアプローチで解決できます。「3ヶ月前の自分、10年前の自分と比較して、どんなことができるようになったか?」を振り返ることで自己の成長が可視化され、自己効力感も上がってきます。つまり、人材育成理論は自己成長理論ともいえます。
本田:そうなると、自己のナラティブを構築できた人と、そうでない人で、自己成長における差が広がっていくように感じます。
坂井:ナラティブの自己整理を暗黙知的にできた人と、そうでない人の分離はすでに起きているかと思います。マネジャーとしても当然、打てば響く前者を育てたくなるので、10年後、20年後はさらなる自己成長が求められる時代になるでしょう。
そこで私はクライアント企業に対して、「坂井の資料と動画を従業員の皆さんに渡してください」という提案をして、従業員が自己成長できるような仕組みをつくっています。私はナラティブのない会社で働いていましたが、2ヶ月に一度早朝から出社して、3時間ほどかけて「なぜ自分はこの会社で働いているのか?」「どのような価値観を大事にしているのか?」といった問いの答えを考え、自己流でセットをしました。人材育成やマネジメント理論はシステマチックにできるもので、いずれはAI化も可能だと考えています。
本田:それは、自己成長をするうえでの悩みなどに答えてくれるAIということでしょうか?
坂井:そうですね。例えば、「仕事に対して意味を感じられない」という悩みに対しては、自己のナラティブを構築するアプローチで対応できるわけです。「今の仕事は、とても自分にできるとは思えない」という悩みには、自己効力感を高めるアプローチで解決できます。「3ヶ月前の自分、10年前の自分と比較して、どんなことができるようになったか?」を振り返ることで自己の成長が可視化され、自己効力感も上がってきます。つまり、人材育成理論は自己成長理論ともいえます。
本田:そうなると、自己のナラティブを構築できた人と、そうでない人で、自己成長における差が広がっていくように感じます。
坂井:ナラティブの自己整理を暗黙知的にできた人と、そうでない人の分離はすでに起きているかと思います。マネジャーとしても当然、打てば響く前者を育てたくなるので、10年後、20年後はさらなる自己成長が求められる時代になるでしょう。
オーセンティシティのあるナラティブから生まれるのがMVV
本田:これからの社員は会社に頼るだけでなく、自己成長が求められると。
坂井:まず企業としては、マネジメントにおいてナラティブの重要性が高まっていることを理解する必要があります。すでに終身雇用の時代は終わり、「今、この会社で働く理由」が問われる時代になっているからです。そこでかつてのように、「プロとは黙って結果を出すもの」といった認識だと足をすくわれる可能性があります。過去の常識をアンラーニングしてナラティブに向き合うことが大切です。
もう一つ、従業員に対してナラティブの構築までをサポートできるマネジャーはとても希少です。従業員は自分で成長する必要がありますので、経営層や人事部もマネジメント理論を理解して、展開することが求められます。MVVを策定してもナラティブを語れるマネジャーが不在だと、会社の物語と個々の従業員の物語を接続できないので、つくっただけのハリボテとなってしまいます。
本田:コロナ禍を経て、マーケティング領域と人材領域の課題は、経営層から見ると融合してきている感があります。私も、経営層からコーポレートナラティブやMVVを一緒に作成して欲しいと言われることがよくありますが、坂井さんの専門領域から見て、企業がコーポレートナラティブを策定するにあたってのアドバイスなどがあれば、ぜひお願いします。
坂井:とってつけたようなMVVを語らないことでしょうか。MVVにはオーセンティシティ(真正性)が必要ですので。コーポレートナラティブの担当者を含む、全従業員のナラティブを包含したものがMVVです。「私は過去に顧客からこういった声をいただいたことがとても嬉しく、その経験をもとにこのナラティブを策定しました」といったオーセンティシティのあるナラティブから生まれるのがMVVです。
現場のミドルマネジャーは、「なぜ自分はこの会社で働いているのか?」に対するアンサーを持つことはもちろん、従業員に対しても「なぜこの会社で働いてくれているのか?」という関心を持ち、それぞれのオーセンティシティを把握することが重要です。
本田:最後にオーセンティシティという言葉が出ましたが、僕もナラティブにはオーセンティシティが欠かせないと考えています。それがないナラティブは、絵に描いた餅になりがちですからね。
坂井:カッコいいから、言葉がキレイだからといった理由で策定されたMVVは意味がありません。これからの時代は、オーセンティシティのあるMVVだけが残っていくと思います。
坂井:まず企業としては、マネジメントにおいてナラティブの重要性が高まっていることを理解する必要があります。すでに終身雇用の時代は終わり、「今、この会社で働く理由」が問われる時代になっているからです。そこでかつてのように、「プロとは黙って結果を出すもの」といった認識だと足をすくわれる可能性があります。過去の常識をアンラーニングしてナラティブに向き合うことが大切です。
もう一つ、従業員に対してナラティブの構築までをサポートできるマネジャーはとても希少です。従業員は自分で成長する必要がありますので、経営層や人事部もマネジメント理論を理解して、展開することが求められます。MVVを策定してもナラティブを語れるマネジャーが不在だと、会社の物語と個々の従業員の物語を接続できないので、つくっただけのハリボテとなってしまいます。
本田:コロナ禍を経て、マーケティング領域と人材領域の課題は、経営層から見ると融合してきている感があります。私も、経営層からコーポレートナラティブやMVVを一緒に作成して欲しいと言われることがよくありますが、坂井さんの専門領域から見て、企業がコーポレートナラティブを策定するにあたってのアドバイスなどがあれば、ぜひお願いします。
坂井:とってつけたようなMVVを語らないことでしょうか。MVVにはオーセンティシティ(真正性)が必要ですので。コーポレートナラティブの担当者を含む、全従業員のナラティブを包含したものがMVVです。「私は過去に顧客からこういった声をいただいたことがとても嬉しく、その経験をもとにこのナラティブを策定しました」といったオーセンティシティのあるナラティブから生まれるのがMVVです。
現場のミドルマネジャーは、「なぜ自分はこの会社で働いているのか?」に対するアンサーを持つことはもちろん、従業員に対しても「なぜこの会社で働いてくれているのか?」という関心を持ち、それぞれのオーセンティシティを把握することが重要です。
本田:最後にオーセンティシティという言葉が出ましたが、僕もナラティブにはオーセンティシティが欠かせないと考えています。それがないナラティブは、絵に描いた餅になりがちですからね。
坂井:カッコいいから、言葉がキレイだからといった理由で策定されたMVVは意味がありません。これからの時代は、オーセンティシティのあるMVVだけが残っていくと思います。
「Narrative Genes ~ナラティブの遺伝子たち~」
企業と社会の関係性が見直される時代に注目が集まる「ナラティブ」を
PRストラテジスト・本田哲也を中心に、企業経営、ブランディングの先駆者と共に考えるウェブサイト。
「ナラティブ」とは、企業と消費者(生活者、ユーザー)との「共体験」の物語のこと。
企業経営において重要な「共創」に着目した、新たなアプローチ概念です。