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創業100周年に向かうポーラがステークホルダーと共創するナラティブ。

創業100周年に向かうポーラがステークホルダーと共創するナラティブ。

2029年に創業100年を迎えるポーラ。創業時から大切にしている想いと社会との関わりを企業理念とビジョンに落とし込み、それを各ステークホルダーが自分たちの物語として紡ぎ直すことで、商品を提供するだけでなく、地域や社会に向けたさまざまな活動を展開しています。

クリエイティブの評価も高い同社のブランディングの根本にある理念やビジョンはどのように策定され、どのように各ステークホルダーに共感を広げていったのか。ポーラならではのナラティブの紡ぎ方とは。株式会社ポーラ 代表取締役社長である及川美紀氏に、本田哲也がうかがいました。

100年弱の歴史の中で変わらない、「お手渡し」の心

本田:ポーラは2029年に創業100周年を迎えるそうですね。100年弱の歴史において、変わったことと変わらないことがあると想像していますが、最初に創業から変わらないことについて教えていただけますでしょうか。

及川:一言で言うと、「お手渡し」の心です。当社の始まりは、創業者の鈴木忍が手の荒れた妻のためにハンドクリームを独学で作ったこと。目の前にいる人を救いたいというところから始まった会社なので、手と手のふれあいやお手渡しの心を大事にしています。
最初に量り売りから始めたのは、必要な人に必要なものを必要な分だけお渡ししたいからです。経済的な状況はみんなそれぞれ違うので、その人に必要な分だけ、量り売りをしていました。その時に商品の使い方、お手入れの方法も丁寧にお伝えするようにしていました。量り売りをしない時代になっても、商品を売るだけではなく「あなたはこういうふうに使っていただくことを、おすすめします。」と一人ひとりとお話しをして使っていただき、使った良さを実感してくださって初めて私たちの仕事が完結すると考えています。創業から変わらないのは、そういう使い方や使っていただく時の状況にまで責任を持って、その方を思うというところですね。

本田:納得しながらお話を聞いていました。私はPRの専門家なのでPRや広告の観点から物事を見るくせがついていますが、ポーラさんのコミュニケーションを見ていて、気持ちが相手側にあるということがにじみ出ている印象を持っていました。多くの企業が顧客第一、顧客起点と言いますが、ポーラさんからはそれが本気でにじみ出ていると思っていました。もちろんクリエイティブもすてきなのですが、根底にある創業のストーリーやお手渡しの考えをお聞きし、ストンと腹落ちしました。

採用活動にもナラティブが重要視される時代

及川:2015年に私自身がリーダーとしてリブランディングに取り組み始めました。当時、店頭での見え方や広告、宣伝には力を入れていましたが、企業理念を伝えることができていないと感じていました。ポーラの哲学を伝えるためには、理念から作り直す必要があると思いました。

その時に創業時のナラティブを大事にしようということで、「Science. Art. Love.」という企業理念を定め、ポーラの独自の価値を再認識しました。
Scienceは「科学的探究心と挑戦で、革新を生む。」。Artは「卓越した美と技で、驚きと感動を生む。」。Loveは「一人ひとりの人間を尊重し、愛あふれる関係を築く。」。これらを独自の概念にしています。でも、実は細かい定義をしているわけではなく、社員に解釈や判断を任せています。

本田:深いメッセージ性も込められていて、確かに広がりを感じさせます。創業から大事にしてきたナラティブを従業員の皆さんに自分ごと化させるための仕組みが何かあるのでしょうか?

及川:創業の物語があるので、ストンと入ってきやすいですね。新入社員や中途入社の社員には動画を見てもらって、あなたにとっての「Science. Art. Love.」とは何かを考えてもらうようになっています。

さらに採用の際には、2029年にあなたが「Science. Art. Love.」の価値を持ってポーラで成し遂げたいことは、というお題で3分ピッチをやってもらっています。そうすると皆さん、絵本や紙芝居を作ってきたり、工夫をしてきてくれます。入社前から「Science. Art. Love.」と、私と社会の永続的な幸福ということを考えることが始まっているんです。

本田:採用活動を通じて同じ価値観を持って物語を紡いでいけるかを確認しているというイメージでしょうか。

及川:そうですね。私たちが思いもしないような「Science. Art. Love.」の解釈が出てきたりするので、それが面白いんですよね。「私が思うScience. Art. Love.はこうです。だからポーラはもっとこういうふうにした方がいいと思う」と提案が出てきたりして、こちらにも発見があります。本当にポーラに入りたいと思っている方は、ピッチできちんと話ができます。私たちの考えに本当に共感してくれた人が入社するようになりますね。

本田:「ナラティブカンパニー」でも書いたように、企業と従業員がお互いに品定めをするような採用ではなく、価値感が合うかどうかを重視すべき時代になってきています。ですからなおさら、ナラティブ的な考え方が大切になっています。先ほどのお話はまさにそのことですね。

「We Care More.」自分の物語を作れる余白が重要

及川:さらに私たちは、100周年を迎える2029年に向けたビジョンとして「私と社会の可能性を信じられる、つながりであふれる社会へ。」と定め、それをわかりやすく一言で「We Care More.」とスローガンにしています。目の前の一人を救うことで、「世界を変える、心づかいを。」とつなげていく表現にしています。

本田:クリエイティブとしても非常に評価が高かったですね。

及川:新聞広告と動画サイトで広告賞をいただけたことを、ありがたく思っています。We Care More.を浸透させていく過程では、全役員が「私の考えるWe Care More.」を語ったり、全社員に自身がイメージするWe Care More.のコラージュを作ってもらったりしました。

本田: We Care More.は非常に凝縮されている言葉、考え方です。対外的な部分だけではなく、社内でもWe Care More.を軸にしてさまざまなことが起こっている印象を受けます。

及川:We Care More.とは何か。どういう行動がWe Care More.なのか。まだ具体的にイメージできず悩んでいる人もいます。そのために、例えば各地域ではこういうことを、商品企画部ではこうやっているよ、と事例を見せています。本当にそれぞれ違います。

本田:パーパスやビジョン、スローガンをガチガチに決めてしまう時代もありましたが、今はもう少し解釈の幅を大切にした方がいいですね。思いを伝えるという意味でいうと、We Care More.は絶妙だと今改めて気づきました。何を大切にするのかが伝わります。人によって解釈の幅があるので、それぞれの立場で自分なりのWe Care More.の物語を作れるということですね。
及川:おっしゃる通りです。デザインやエッセンスはみんなで共有しながら、自分が主役でいてほしいと考えています。社員一人ひとりがWe Care More.の主人公です。社内では一度、企業理念のScience. Art. Love.を明確に定義したいという意見もありましたが、私は絶対に嫌でした。解釈は人それぞれ、私のScience. Art. Love.でいい。理由は明確です。物語はそんなに簡単に揺るぎませんし、お手渡しの心は変わりません。Art.を芸術と解釈して何かを創りだしてもいいですし、挑戦や好奇心だと思う人もいます。全て正しいわけです。定義し過ぎてしまうと、そうでなければならないというものになってしまいます。会社が与えた材料で自分から物語を作れば、自分ごと化ができます。私が思う世界と会社が思う世界をどうすり合わせていけばいいかを一人ひとりが考えて、行動してくれればうれしいですね。

本田:すばらしいですね。仕事柄、いろんな企業のパーパスやビジョンを見る機会があり、相談されることも多くあります。そこで難しいと思うことの一つに、どこに解像度を合わせるかです。上げすぎるとガチガチになってしまう。下げすぎると網羅的になってぼんやりしてしまう。例えば、「豊かな社会を作ります」だと当たり前すぎて、ん?となってしまいます。そういう意味で、We Care More.はちょうどいい感じがします。

ステークホルダーが共感できるナラティブを作り、共創していく

本田:ポーラさんはブランディングやPR、広告、人事など各部門がある中で、創業から大事にしている価値、ナラティブを統括する部署があるのでしょうか?それとも、他の仕組みがあるのでしょうか?

及川:実は仕組みがその都度変わっていて、試行錯誤しています。最初は私自身がリーダーシップをとって、各部署を横断するプロジェクトとしてスタートしましたが、単なる一企業のブランディングではなく、これからはSDGsまで含んだ社会的アクションに変えていかないといけないと思うようになり、現在はサステナビリティ推進室が中心となって各事業部の計画に落としています。

We Care More.「世界を変える、心づかいを。」という2029年ビジョンが生まれたのも、この流れの中にありますね。今まではポーラが何をするかを表明してきましたが、社会との関係性を語らないといけないんじゃないかと考え、社会が主語のビジョンに変えていったんです。

本田:時代と共に、ビジョンも変化させていかないといけないですからね。

及川:そこは常に考えています。そもそもなぜ私たちがこういうものを作ったのかというと、ビジネスパートナーも含め、社員ではない人たちにも伝えたいからです。ポーラは小売店、専門店があることが強みです。そのために動画を白書を作ったり、座談会をやったりして、ビジョンを浸透させていくことに力を入れています。

従業員は海外まであわせると約2,000人ですが、ビジネスパートナーは約33,000人ほどいます。全員が同じ方向を向く必要はなく、We Care More.に共感してくれるだけでもすごいことだと思っています。

本田:ポーラさんならではの固有のステークホルダーですね。巻き込んで、一緒にやっていくための工夫が必要ですね。

及川:ビジネスパートナーは個人事業主なので、理解するだけではダメで共感してもらわないといけません。そういう意味でもやっぱり、創業のストーリーはみんなが共感しやすいですね。

そして私たちは消費者と繋がっていますので、消費者とともにSDGs、そしてWe Care More.を進めていきたいです。地域の大きなお店だと、行政と組んだ地域振興もやりやすいので、We Care More.の精神の中で、地域の課題に応じた活動を行い、お店の個性を活かしてもらいたいと思っています。ビジネスパートナーが地域で独自の取り組みをしていくことで、一つの心遣いから誰かの世界を変えることができるかもしれない。創業の精神である目の前の人をケアすることからはじまり、社会をケアし、そして地球をケアしていく。そういうことを積み上げていきたいですね。
本田: We Care More.という余白のある考え方がバリューチェーンを作っているんですね。今日は本当にナラティブの構築や実践に関するすばらしいお話をうかがえました。ありがとうございました。

「Narrative Genes ~ナラティブの遺伝子たち~」

企業と社会の関係性が見直される時代に注目が集まる「ナラティブ」を
PRストラテジスト・本田哲也を中心に、企業経営、ブランディングの先駆者と共に考えるウェブサイト。

「ナラティブ」とは、企業と消費者(生活者、ユーザー)との「共体験」の物語のこと。
企業経営において重要な「共創」に着目した、新たなアプローチ概念です。

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