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スープストックトーキョー新社長・工藤萌氏と語る、顧客と紡ぐ独自のブランド体験と「離乳食炎上」声明文の舞台裏

スープストックトーキョー新社長・工藤萌氏と語る、顧客と紡ぐ独自のブランド体験と「離乳食炎上」声明文の舞台裏

「世の中の体温をあげる」という企業理念を掲げ、メインディッシュとしての食べるスープを提供するスープストックトーキョー。1999年に1号店がオープンしてから25年の節目となる2024年の4月1日に取締役社長に就任した工藤萌氏は、「スープストックトーキョーの果てしなく広がる可能性にワクワクしています」と語ります。

創業者、遠山正道氏のお子さまがアレルギーだったことから、身体に優しいファストフードをつくりたいという想いのもとに生まれたスープストックトーキョーは、今や単なる飲食店の枠を超え多くのファンに愛される「居場所」となっています。

今回はスープストックトーキョーと顧客が紡ぐナラティブの独自性、そして昨年の4月に起こったSNS上での「離乳食炎上」に対して、どのような議論と想いのもと声明を出したのか、本田哲也との対談で明らかにします。

食事をするだけではない、「居場所」としてのスープストックトーキョー

本田:2024年4月1日にスープストックトーキョーの社長に就任されて間もないですが、今の率直な感想を教えてください。

工藤:もうワクワクしています。「世の中の体温をあげる」という理念は一人ひとりが自分ごとに落とし込めるので、その言葉の強さと深さを日々実感しつつあります。こんな素敵な会社の社長になれるなんて、といううれしさがあります。
本田:本当に工藤さんの想いがにじみ出ていますね。重圧はないのでしょうか?

工藤:多少の不安もありますが、今は楽しみが勝っています。会社に届くお客様のお声を読んだり、店舗を回って店長さんと話をしていると、いろいろなお客さまのエピソードが入ってきます。最初はスープ屋だからメニューや出店のリクエストが多いのかと思いきや、「スタッフさんのお声がけで、私は本当に温まりました」といったお声が毎日のように届いています。

本田:それは非常にスープストックトーキョーらしいエピソードですね。もとは創業者の遠山正道さんが「世の中の体温をあげる」という理念のもとに立ち上げた事業ですが、いわゆる「私たちはスープを提供します」というような、商品だけが先行したビジネスではないですよね。
お客さまの毎日の生活の中に「スープのある一日」がどうあるといいのか、ストーリー的なコンセプトから始まっている。他の飲食店のように、空腹を満たすためだけに足を運ぶ場所ではない。始まりから非常にナラティブだと感じています。そのコンセプトがお客さまにも確実に伝わっていると、先ほどのエピソードからも感じられますね。

工藤:それは感じます。よくブランドの定義として「私たちはお客さまにとって、このような存在になりたい」といったものがありますが、その言葉自体がお客さまから発せられることはまれです。

本田:ブランド側が一方的にそう思っていても、お客さまも同じ認識かというとそうではない。そこに齟齬がないスープストックトーキョーはなかなか希有な事例ですね。

工藤:お客さまからの声で嬉しいのは「居場所」といっていただけることです。「スープストックは私の居場所です」というお客さまを何人も見ていますから、それは本当に嬉しいことです。

一人ひとりが考える「世の中の体温をあげる」方法

本田:工藤さんがスープストックトーキョーに入社されたのは2023年の8月です。入社当初から各地の店舗を回ってコミュニケーションを取っていたのでしょうか?

工藤:そうですね。店舗だけではなく本部含め、大事にしているのは社員やスタッフとの対話で多くの社員と1on1をしたり、今は全社員と最大5人で「ブランドを語らう会」を開催しています。スープストックトーキョーは遠山が起案した物語形式の企画書「スープのある一日」から生まれましたが、それ以来ブランドを言葉で定義していません。そこで、迷ったときに立ち戻る場所としてあらためてブランドの定義書をまとめました。それをもとに社員たちと90分ほどのセッションをして、「自分たちはこのブランドをどのようにしていきたいのか?」「自分だったらどうするか?」といった問いかけを続けます。企業理念に関するマニュアルもないので、自分にとって「世の中の体温をあげる」とはどのようなことなのかを議論したり、自問するための場です。

また、店舗では店長主催で「賞賛会」を実施しているお店もあります。スタッフ同士で「あなたのここが素敵」ということを伝えていくんです。褒められたスタッフは嬉しいだけではなく、時に自分では知らなかった強みを知ることができる。「世の中の体温をあげる」ということは、対一人の話ではありません。目の前の人を温めてあげたら、その人はどこかでまた誰かを温める。そんな連鎖を起こしていかないといけないと思うのです。仲間の体温も上げていく、そしてそれがお客さまにつながっていく。このような仕組みが機能しているなと感じています。

本田:店舗にはマニュアルはないんですか?

工藤:オペレーションの手順書はありますが、目の前のお客さまは誰ひとり同じではありませんし、同じ人でも状況によって対応は変わってきます。それを察知してサービスを提供するのが「世の中の体温をあげる」という企業理念につながっていくので、そこは自分の頭で考え表現していく必要があります。ですので、店頭に立つ人材を、社内では「表現者」と呼んでいます。

本田:接客も含めて徹底的にマニュアル化する手法もありますが、スープストックトーキョーのやり方は真逆ですね。前者は膨大な数の店舗を標準化して、結果お客さまのブランド体験も標準化される。それに対して御社の場合は、従業員とお客さまとの信頼関係に「余白」があるというんですかね。「世の中の体温をあげる」という素晴らしい理念をどう解釈するかは、個人によって違いがある。そこに特徴があると感じています。
工藤:スープストックトーキョーは創業者の遠山の「なんでこうなっちゃうんだろう」という個人的な想いと問いから始まったブランドです。企業ではありますが、一人ひとりの従業員がそれぞれの想いや問いを持って働いた方が絶対に楽しいはずです。私たちが大事にしているのは発意です。そして発意は「余白」がないとガチガチに凝り固まったものになってしまいます。「余白と遊び」がある中で、何をしたいのか。オペレーターとは違う、自分がやりたいことを実践する。そういった組織を目指しています。

ちなみに新卒採用の最終面接では、表現者として自分の好きなものをプレゼンしてもらう「表現者採用」を行っています。自分の好きなものを相手に説明して共感を生めるならば、きっと私たちの舞台でも活躍できると考えているからです。皆さん、とても個性的なプレゼンをしてくれますが、その個性のベースにはブランド理念への共感が常にあると感じています。

店舗での顧客体験がブランドを形づくる

本田:工藤さんのキャリアの中心にあるブランドマーケティングの観点から、スープストックトーキョーのブランドやマーケティングについてどのようにご覧になっていますか?

工藤:スープストックトーキョーは長い時間をかけて、等身大で無理をせずブランドの本質を蓄積していると感じます。ブランドは蓄積が重要と考えていますが、この会社はそれを急いで無理やり溜め込むようなことがありません。短時間で企業をグロースさせることを目的にしたマーケティングも否定はしませんが、それでは途中で何を目指しているのかが分からなくなってしまうような気がします。

私はブランドが最も重視するべきは知覚品質だと考えています。知覚品質さえ高ければ、ファンが生まれるし、リピートも増えていく。弊社のPLを見ると広告費にはほとんど投資をしていません。その代わりにお客さまに提供する価値、要は原価と人に投資をしています。全国の店舗が広告としての機能を果たしているので認知も自然に上がり、実際の店舗での豊かな体験をお客さまに提供する。売上は店舗が6割で、ECや卸が4割を占めます。
本田:店舗以外のECと卸で4割というのは意外ですね。その4割を育てているのは、「スープのある一日」を体現する、店舗での顧客体験とブランド体験なんでしょうね。今後の展開についても教えてください。

工藤:店舗数は徐々に拡大を予定していますが、スープストックならではの豊かな体験ができる場所であることは重視していきたいと思っています。また店舗だけではなく、卸先として私が特に力を入れたいのは産婦人科などの病院や保育園です。また、ECも活用して食事を飲み込むことが難しい方のための嚥下食を充実させたり、何か困難を抱えている方がお店に足を運ばなくても自宅で食べられたりするようなサービスを提供したいと考えています。栄養のあるいろいろな食材を溶け込ませて硬さも自在にできるスープは、疲れた身体でも手軽に栄養を摂れるし、病後の回復食にも最適です。店舗を増やすことはもちろん、卸やECという手段を使って、より多くの方にスープを届け心の体温を上げていきたいです。

パーパスは非常事態にこそ、力を発揮。「離乳食炎上」対応の舞台裏

本田:そんな素敵なブランドのスープストックトーキョーに昨年、危機(※)が訪れました。私もP R専門家としてアドバイスをさせていただいたあのSNSでの騒ぎから1年が経ちますが、振り返ってみていかがでしょうか?

(※)2023年の4月18日にスープストックトーキョーが発表した離乳食の無料提供に対し、ネット上の一部ユーザーから子連れ客が増えることへの懸念を示す声が多数寄せられた。26日に社として声明を発表して事態は沈静化に向かった。

工藤:あらためて私たちの存在意義を考えさせられるきっかけになったと思います。当然、自分たちは理念を大切にしていますが、社会から何を求められ何を期待されているのか。そこに対して私たちに何ができるのかを考えさせられました。店舗ではお客さまからたくさんの応援の声をいただきました。

本田:声明を作る際には、社内でどんな議論があったのですか?

工藤:最初は立場の異なる方それぞれに対し、スープストックトーキョーとしての思いを届けようとしていました。でも議論の過程で、私たちはお客さまそれぞれを区別も差別もしていないことを率直に伝えたいという話になりました。また誰でも、時に攻撃的になってしまうことがあります。そういう状況も含めて「世の中の体温をあげる」ことを考えようと。つまり、すべてのひとを抱きしめて温めるということこそ、その理念の体現なのではないか、と。そして、声明を出すまでの1週間、私たちが何をしていたのかも伝えようということになりました。

本田:そのタイミングで、ご相談をいただきましたよね。いただいた声明の文章はすでに、今までスープストックトーキョーの理念のもと取り組んだ過去の行動とともに、その理由と想いをこめた一貫性があるものでした。私が指摘させていただいたのは、文章の長さと熱量の匙加減です。

あのような非常事態のとき、会社として拙速な対応をして失敗するケースもあります。スープストックトーキョーは、会社がそれまで積み上げてきたブランドや、社員とお客さまが共有している価値観の土台があったからこそ、適切な対応が取れたのだと思います。組織として強固な一枚岩の体制ができあがっている。軍隊のように「右向け右」で統制の取れた組織とも違い、社内だけでなくステークホルダーも含めてまとまりがある。そのような組織は危機に強いですね。

理念やビジョンやパーパスが大事だということは多くの人が認識していると思いますが、それらがどのようなときに機能するのか。会社としてパーパスをつくるとなったとき、非常事態のことを想定している人は少ないと思います。もちろん、パーパスにはブランド・ステートメント的な側面もありますが、非常事態にこそ真に価値を発揮するものだと思います。
工藤:すでに1年が経過していますが、実は採用活動にも影響を与えています。あの出来事をきっかけに入社を考えたという声もあって、それくらい多くの人の記憶に残ったのだと実感しています。店舗にはお子さま連れのお客さまも増えましたし、本社近くの中目黒店にもよく行きますが、行くと必ず一組、二組のお子さま連れがいらっしゃいます。それはとても嬉しいですね。

それを機に、子どもを連れた母親がどんなサービスを必要としているのかを理解するための勉強会も開いています。世の中をもっとポジティブに開いていきたいです。

本田:採用にまで影響しているということは、まさにピンチをチャンスに変えた最強の例ですね。では最後に工藤さん個人のビジョン、未来の展望について教えてください。

工藤:スープストックトーキョーの成長とともに社会を良くしていきたいですね。私は、「売れば売れるほど社会がよくなる」という仕組みを、ビジネスの力で達成することをビジョンにしています。それを実現するために、スープストックトーキョーというブランドは本当に素晴らしい力を持っているし、私に教えてくれることが多くあります。私も日々学びながら、ブランドがもっと開花できるよう努めていきます。

本田:スープストックトーキョーというブランドは、すごく「生きている」感じがしますね。擬人化されて、「スープストックトーキョー」という一人の人格になっているんですよね。それは素晴らしいことですし、その域まで到達できる企業はなかなかありません。その意味でも、ブランドを高めたい多くの企業にとって参考になると思います。

「Narrative Genes ~ナラティブの遺伝子たち~」

企業と社会の関係性が見直される時代に注目が集まる「ナラティブ」を
PRストラテジスト・本田哲也を中心に、企業経営、ブランディングの先駆者と共に考えるウェブサイト。

「ナラティブ」とは、企業と消費者(生活者、ユーザー)との「共体験」の物語のこと。
企業経営において重要な「共創」に着目した、新たなアプローチ概念です。

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