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  2. 90年続く「共創」のナラティブ。小売りだけでもフィンテックだけでもない、「マルイ」というビジネスモデルとは。
90年続く「共創」のナラティブ。小売りだけでもフィンテックだけでもない、「マルイ」というビジネスモデルとは。

90年続く「共創」のナラティブ。小売りだけでもフィンテックだけでもない、「マルイ」というビジネスモデルとは。

リアル店舗をどのように活用していけばいいのか。そんな悩みを、今、多くの小売事業者が抱えているはずです。そんななか、「リアル店舗の小売店は大きく儲けなくてもいい」と明かすのは、「マルイ」「モディ」を運営する丸井グループの上席執行役員、青木正久さん。ポストコロナ時代の商業施設のあり方、そしてテナントや消費者との向き合い方とは。イノベーティブなエコシステムを構築するために求められるものとは何なのか。90年前から変わらないという、マルイのナラティブに迫ります。

30年後に「お世話になりました」と言ってもらえる企業に

本田:新型コロナウイルスの感染拡大は、小売業にも多大な影響を及ぼしていると思います。そんななか御社は昨年の4月、第1回目の緊急事態宣言が発令された際に、休業中のテナントの家賃を全額免除することをいち早く発表されましたよね。どのような思いで、この決定をされたのでしょうか。

青木:あの時は、私たち商業施設側もどのような対応をしたらいいのか非常に悩みました。ただ、一番困っているのはやはりテナントさんだろう、という思いがあって、まずはテナントの皆さんがどんな不安を抱えていらっしゃるのか、アンケートでお聞きしたんです。するとやはり『家賃を払えるか?』という不安や悩みの声が一番多かった。そこからは早かったですね。数日のうちに家賃の全額免除を決定しました。

本田:それを単なる「支援」ではなく、「パートナーシップ強化策」と位置づけていることも印象的でした。
青木:弊社では以前から「共創経営」を掲げて、テナントさんやお客様と一緒になってお店をつくろう、価値をつくっていこう、といった双方向的なコミュニケーションに取り組んできました。だからこそ今回も一方的に「家賃の支払いを減免しますよ」ではなく、「これからも一緒に活動を続けていくために、こういうお手伝いをさせてください」と、テナントさんに提案したわけです。

本田:そうした「共創」の理念は、御社の伝統なのでしょうか?

青木:そうですね。今から90年前、中野に一号店をオープンした頃から変わらない、丸井のDNAだと思います。丸井の商売は、家具を販売する時に、同時に信用を供与する、つまり、お金をお貸しするという月賦販売から始まりました。つまり、単価の高い商品を分割払いで購入するという消費のスタイルを提案したわけです。そこから今日まで、お客様とともに信頼を築きあげてきた歴史があります。テナントさんにしてもそうです。ニーズはあるけれど、まだ決して大きくはないブランドとも協力しながら、一緒になってビジネスをつくり上げてきました。

本田:マルイやモディを訪れるたびに、テナントや生活者との距離の近さを感じていたのですが、そうした歴史的背景があったのですね。

青木:私たちが一番嬉しいのは「あの頃、丸井さんにお世話になりました」といった言葉をかけていただくことなんです。例えば、「上京したてでお金がない頃、よく分割で買い物をしていました」とか、本田さんの世代であれば「大好きだったDCブランドの服を、丸井の『赤いカード(現:エポスカード)』で買いました」とか。そういう言葉を、20年後、30年後にかけていただけることが本当に嬉しいのです。
本田:まさにそれがひとつの体験価値ですよね。今のZ世代の若者にはピンとこないかもしれませんが、かつては確かに一着10万円するような服にみんなが憧れる時代がありました。そういうライフスタイルのなかで、丸井さんのお世話になった人は僕も含めて大勢います。

青木:私たちがD2Cブランドへの投資に積極的なのも、発想は同じです。D2Cブランドは、資金繰りも含めて経営リソースがどうしても不足しがちです。そういう面を私たちがサポートさせていただき、いずれ彼らが大きくなったときに「あの頃はお世話になりました」と声をかけてもらえたら理想的ですね。

未来を生きる将来世代もステークホルダー

本田:まさに共創の理念が一貫しているのですね。一方で、D2Cブランドの登場がわかりやすい例ですが、以前よりも丸井さんにとってのステークホルダーが多様化しているのではないか、とも感じます。その辺りは意識されていますか?

青木:そうですね。やはり以前はステークホルダーといえば、お客様、お取引先様、社員、株主様・投資家といったところでした。けれどこれからは、社会全般がステークホルダーになると考えています。同じ時代を生きる人々はもちろん、未来を生きる将来世代も、私たちのステークホルダーです。私自身にも娘がいるのですが、10年後、20年後、彼女たちが大人になったときに、気持ちよく過ごせる社会を残してあげたいじゃないですか。そういう未来に対する責任というのは、最近とみに感じますね。

本田:私がナラティブは常に現在進行形だ、と定義するのも未来をフォーカスに入れたいからです。一つひとつの企業の活動が、10年、20年先の社会にどのような影響をもたらすのかを考えることが重要だと『ナラティブカンパニー』のなかでも主張しています。丸井さんはそれを実践されているのですね。

青木:実際に弊社では2050年までの長期ビジョンをまとめた『VISION BOOK 2050』も発行しています。こういう長い時間軸で物事を考えられるのは、創業家が90年間、経営をしていることをはじめ、一貫した歴史があることも大きいと思います。

本田:確かに色々な企業さんを見ていると、規模の大小に関わらず、創業家の方が経営を引き継いでいる企業は、ナラティブ性が強い印象があります。もちろん、経営者をフレキシブルに変えていくことのメリットもわかるのですが、それでもやはり「想いの一貫性」ということでいうと、御社のような経営形態に強みがあるのでしょうね。
青木:長い時間軸で考える、というスタンスは経営判断にも反映されています。業績を見るときにも、もちろん短期収益は重要なのですが、それよりも中長期の LTV(生涯利益)を重要視してきました。そもそもビジネスモデル自体が「モノを売って終わり」ではありません。店舗での小売りはエポスカードをつくってもらうためのタッチポイントでもあり、そこから長いお付き合いが始まっていく。利益はフィンテック、つまり長期的にカードを利用していただくことでも生み出せる、というビジネスモデルです。だから普通の百貨店さんとは、異なる時間軸のなかでビジネスを捉えているのです。

本田:なるほど。小売りで儲けなくても、フィンテックで取り戻せばいい、と。

青木:もちろん小売りが赤字ではダメですが、そんなに大きく儲けなくてもいい。よく社内では「歯車を回せ」という言い方をします。まずは店舗という歯車を回すんだ、と。お客様と対話をして、何を求めているのかがわかれば、それを品揃えなどに生かすことができます。店舗でお客様との信頼関係を築き、カードをご利用いただけるようになれば、フィンテックというもっと大きな歯車が動き出す。営業利益の大半はフィンテックで稼ぎ出し、その利益は店舗などへの投資に回しています。するとさらにお客様との対話が加速していく。このサイクルをどんどん回していくのです。

本田:つまり、丸井さんの場合は、ビジネスモデル自体が共創的な構造を備えているのですね。

言行一致の経営は、ピンチさえもチャンスに変える

本田:少し視点を内側に向けてお伺いします。働いている皆さんのモチベーション、社員エンゲージメントとも言い換えられますが、これはどのように保っているのでしょうか?

青木:ビジョンの浸透という意味では、年に一度『共創経営レポート』という統合報告書を社員全員に配布しています。ただ、これを配るだけで5000名の社員全員がきちんと読んでくれるかというと、そうでもありません。ですから毎月、100~300人規模の社員を集めて、共創経営レポートで紹介・説明した取り組みを共有したり、外部の方をお招きしてお話をしていただく『中期経営計画推進会議』を開催したりしてきました。ほかにもリアルとオンラインを問わず、大小さまざまなミーティングの場を設けることで、理念の浸透を図っています。

株式会社丸井グループ 共創経営レポート2020(https://www.0101maruigroup.co.jp/ir/pdf/i_report/2020/i_report2020_a4.pdf

本田:『共創経営レポート』を拝見しましたが、まるで雑誌のような素晴らしいクオリティです。同時に、今おっしゃったようにオンライン・オフラインを含めた共体験の場を設定されている。そういった工夫の効果を、どのようなシーンで感じますか?
青木:一番印象的だったのは、最初にお話した家賃の全額免除を決めたときでしょうか。この決断は、経営的なインパクトも大きかったのです。数十億円の利益が吹っ飛ぶわけですから。普通の会社だったら『そんなことをして、私たちの給料はどうなるんだ』という声があがってもおかしくない。けれど実際にこの施策を発表すると、すぐに社内から『こういう会社で働けて良かった』という声が上がったんです。コロナ禍が一旦ひと段落した2020年の夏頃に、全社アンケートを実施したのですが、そこでも家賃減免に対してはプラスの意見が非常に多かったですね。みんなコロナ禍で意気消沈しているかと思いきや、むしろ会社に誇りを感じられるようになっていた。それを狙ったわけではありませんが、嬉しい誤算でした。

本田:人もそうですけれど、やっぱり非常時にこそ、その会社の「素」が出るんですよね。良くも悪くも会社の「本性」がむき出しになってしまう。だから丸井さんのように普段から言行一致している企業であれば、ピンチがむしろチャンスに変わるわけです。裏表がないからこそ、社員の皆さんも会社のアクションに納得できる。それは経済合理性云々ではなく、ナラティブへの共感が培われていたからこそ可能になったのだと思います。

お話を伺っていると、社員の皆さんはすごくまとまっている印象ですが、ご苦労などはあるのでしょうか?
青木:大きな苦労はないかもしれません。弊社の場合は、中途採用もほとんどなくて、プロパー入社率が9割を超えています。だから、ナラティブの共有という点では、非常にやりやすい環境なのだと思います。ただその反面、単一思考になりやすいところはあって。そこにいかに新しい風を吹き込むか、この10年くらいをかけて工夫してきた部分ですね。例えば、会議ひとつを取っても昔はオジさんだけが集まって話し合っていました。それも夜の10時からとか(笑)。でも、それでは新しい発想は生まれません。今は女性にも若手にも会議に参加してもらって、どんどん手を上げてもらいます。もちろん必ず定時内に、です。ほかにもスタートアップ企業への投資に加え、弊社の社員を出向させるなど、新しい取り組みもスタートしています。お客様のニーズも変化してきますから、私たちも立ち止まってはいられません。「進化し続ける」ということも、私たちの企業理念のひとつです。

一対Nの共創活動で、イノベーティブなエコシステムを

本田:スタートアップ投資には、そういった狙いもあるのですね。一方で、カルチャーの違いなどから、スタートアップとの協業に苦戦されている企業も多いと思います。丸井さんの場合、その辺りはいかがでしたか?

青木:私たちも試行錯誤の連続でした。スタートアップ投資を始めて5年ほど経つのですが、やはり彼らと私たちでは考え方が全く異なる部分もたくさんありました。でも、ここは弊社の強みだと思うのですが、私たちは年間約2億人のお客様の声に応え続けてきたコミュニケーションのプロでもあるのです。だからたとえ思考パターンが違う相手でも、一旦それを受け止めて「じゃあこれでどうですか?」と提案しながら、ものごとを進めていける。そこには一日の長があると感じています。

本田:そもそもの対話力が高いのですね。そうした長所を生かして、スタートアップ企業さんとどのような共創に取り組んでいるのですか?

青木:いくつかのメーカーさんのR&Dのお手伝いをさせていただいています。メーカーさん側でも消費者のニーズを知るために、さまざまなアンケートなどを実施しているのですが、リアル店舗を使えばもっとできることがあると以前から感じていて。そこでマルイの店舗内でイベントを開催して、そこで得たお客様の生の声を研究開発にフィードバックするという取り組みをスタートしました。
本田:素晴らしいアプローチだと思います。これからはメーカーもブランドも、生活者の気持ちにいかに共感できるかがキモになってくる時代です。だからリサーチというより、感覚的に生活者に近づくことが大切になるわけですが、丸井さんのリアル店舗がまさにそこを補っているのですね。

青木:やはりリアルに店舗を構えていることは、私たちの大きな強みだと思うんです。例えば、弊社はメルカリさんとも協業していて、マルイ内で「メルカリステーション」というリアル店舗を展開しています。すると何が起きるのか。生活者がどういう負を感じているのかは、オンライン上だけでは掴みづらい部分があるのです。けれどメルカリステーションはリアル店舗だから、それこそご年配の方がやってきて突拍子もない質問をしたりするわけです。「タモリさんのCMは見たことあるけど、そもそもメルカリってなんなの?」とか(笑)。そうしたお客様の生の声を、私たちがメルカリさんにお戻ししていくわけです。

本田:それは面白い。イノベーションを生み出すのはテクノロジーですが、それを社会実装するには幅広いお客様の声が必要ですよね。メルカリのようなイノベーティブなサービスが、ご年配の方々の元にも届いたときに、本当に社会が変わっていくのでしょうね。ほかに今後はどのような共創活動を考えていますか?

青木:これからは一対一だけではなく、一対Nの共創活動が大切だと考えています。例えば、複数の投資先のコラボレーションを促すことで、何か化学反応が起こせないか。そういったことを追求していくのが、次のフェーズになると捉えています。お客様との対話も取り入れながら、新しい価値が生まれるエコシステムを作っていきたい。そのために双方向的なコミュニケーションをさらに加速していきたいですね。

「Narrative Genes ~ナラティブの遺伝子たち~」

企業と社会の関係性が見直される時代に注目が集まる「ナラティブ」を
PRストラテジスト・本田哲也を中心に、企業経営、ブランディングの先駆者と共に考えるウェブサイト。

「ナラティブ」とは、企業と消費者(生活者、ユーザー)との「共体験」の物語のこと。
企業経営において重要な「共創」に着目した、新たなアプローチ概念です。

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