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ナラティブに長けた企業こそが、人事を制する。サイバーエージェントの成長を支える全員主役の人事施策。

ナラティブに長けた企業こそが、人事を制する。サイバーエージェントの成長を支える全員主役の人事施策。

サイバーエージェントの黎明期から、人事責任者として組織づくりを担ってきた曽山哲人さん。YouTuber・ソヤマンとしても活躍する曽山さんは「マーケティングだけではなく、人事領域においてもナラティブアプローチは有効」と語ります。ナラティブという概念のもうひとつの可能性を探る、刺激的な対談の模様をレポートします。

対談本編の動画は、YouTube「ソヤマン - デキるヤツ探求チャンネル」にて公開しています。
是非ご覧ください。
▶【伸びる会社の習慣】話題のナラティブを深掘りしてみた(経営&人事向け特別対談)
https://youtu.be/fC-0NfqIoHg

「共体験」はポストコロナの組織づくりのキーワード

曽山:本田さんの『ナラティブカンパニー』、めちゃくちゃ面白かったです!

本田:ありがとうございます。5月末くらいだったでしょうか、刊行してすぐに曽山さんがご自身のTwitterで『ナラティブカンパニー』面白かった!と投稿くださって。そのお陰もあってか、人事や採用領域の方からの反応がすごくいいんですよ。これはちょっと意外でもあります。というのも私の専門はPRですから、どちらかといえばマーケティングの文脈で読まれる本になるだろうと予想していたんです。曽山さんは、どうして手に取ってくださったのでしょうか?

曽山:表紙に『ナラティブカンパニー』と書いてあるのを見た瞬間に、「これは買わなければ!」と直感しました。私は大学で英文学を専攻していたのですが、「ナラティブ」という単語には「語りによって物事を伝えていく」といったニュアンスがある。それが「カンパニー」と結びついていることが、すごくユニークだと感じたんです。これからの人事や経営、企業文化を考えるためのヒントになるのではないかと思い、購入を決めました。

本田:そのご期待を裏切らずに済んだでしょうか?

曽山:期待以上で、本当にわくわくする本でした。読みどころはいくつもありましたが、なかでも私に刺さったのは「共体験」というキーワードです。本田さんは著書のなかで「一過性の同調」である「共感」と、「ある集団内で同じ価値観を共有すること」を意味する「共体験」を区別した上で、今後は「共体験」が重要だと結論されていた。「共体験」を生み出すポイントは「同じ空間で、同じ時間で、同じことをする」ことにあるとも書かれていましたね。そうした一連の主張が、すごく腹落ちして。今後のオフィス戦略や、働き方を考える上で、極めて重要な指針になると感じています。

例えば、コロナ禍以降、リモートワークは当たり前のものになりましたが、リアルなオフィスが不要になった訳ではありません。けれど、じゃあオフィスにどんな価値があるのかと問われて、即答できる経営者はほとんどいないでしょう。リアルな場の価値をどうやって再定義し、言語化していけばいいのか。それを考える上で、「共体験」という考え方は非常に有効だと思うんです。

本田さんは著書のなかで、リモート環境でも「共体験」をつくれると述べられていましたが、同期性を重視するならやっぱりリアルの方が手っとり早い。逆にいうと、リモートワークを続けるなら、そのなかで「共体験」を生み出す工夫をしなければならない。こういった視点を得られたことが大きな収穫でした。

本田:私自身は「消費者とのつながりをいかにつくるか」といった、マーケティング的な視点で「共体験」というキーワードを使っていたので、曽山さんのそのご指摘は盲点でした。けれど、言われてみると確かに、働き方の文脈にも接続できそうですね。リアルかリモートかの二項対立ではなく、そこに共体験があるか否かで、ワークスペースの在り方を捉え直してみる、とか。いや、これはちょっといいネタをもらいました。ありがとうございます(笑)。

人事でもマーケティングでも、重要なのは「三つのE」

本田:今まさに曽山さんがナラティブの考え方が組織づくりにも生かせることを指摘してくれましたが、その包括性こそがナラティブのひとつのポイントだと思うんです。これまで企業は広告であれば消費者向けに、採用であれば求職者向けに、それぞれバラバラのストーリーを語ってきました。けれど、インターネットの普及によってあらゆる情報が筒抜けになったことで、そのやり方が通用しなくなってしまった。だからこそ、個々のストーリーではなく、広告もPRも人事も、あらゆる企業活動を包み込むようなナラティブという新たな枠組みが必要になるんです。

曽山:本田さんの言葉でいうと、「裏表のない言葉」で「一貫性」のあるナラティブを語ることが重要だということですよね。実はそのあたりを読んでいて、人事の世界のメガトレンドとも重なる部分が多いと感じたんです。「三つのE」というキーワードをご存じですか?

本田:初耳でした。どんな意味なのでしょう?

曽山:人事の世界で重要だとされている「E」から始める言葉が三つあって、まずは「Exposure」、つまり「さらけ出す」ということです。本田さんもおっしゃったように、今はもうサイバーエージェントがどんな会社なのかということは、企業口コミサイトなどで丸裸にされてしまっています。だったら、自分たちからExposureしましょう、と。弊社でも、仕事の辛さや大変さを隠し立てせず、でもそれ以上に面白さが味わえる仕事であることを胸を張って発信していこう、というのが採用チームの基本方針です。二つめのEは「Esteem needs」。承認欲求ですね。今の若い人たちは、SNSによって「いいね」されることの喜びを、それこそ共体験として経験しています。最後のEは「Emotion reward」。感情報酬です。よく指摘されることですが、今の40代以下の世代は、金銭的な報酬よりも、社会貢献や自己成長、周囲からの感謝といった感情的な報酬に重きを置いている傾向があります。

こうした潮流を踏まえて、この三つのEを統合する人事制度をいかに構築するかに、今多くの企業が力を注いでいるんです。

本田:なるほど。その三つのEの重要性は、PRやマーケティングの分野でもそのまま同じことが言えそうですね。Exposureはまさに一貫性の問題で、綺麗事だけで中身がともなわない広告は意味がないどころか、炎上しかねない危険性をはらんでいます。承認欲求を刺激することが良くも悪くもマーケティング施策として極めて有効であることは、もはや説明の必要もないでしょう。感情報酬については、ミレニアル世代やZ世代の消費行動を、そのまま言い表すような言葉だと思います。彼らはもはや感情報酬を得るために何かを買っているといっても過言ではありません。

曽山:パーパスに共鳴したから買いました、というやつですね。

本田:DtoCブランドなどの場合は、特にその傾向が強まりますよね。もちろん、最低限の機能を備えていることが条件ではありますが、それ以上に多くの消費者は、ブランドの価値観に共鳴し、自分自身がその活動を支えるために商品を購入している。「三つのE」の重要性は、マーケティングにおいても、ナラティブ的なアプローチにおいても、変わらない気がしますね。

縦割りから抜けだし、一貫性のあるナラティブを語るために

本田:「三つのE」にしてもそうですが、ナラティブ的なアプローチの重要性は、言語化できないまでも多くの企業人が肌感覚で感じていることだと思うんです。ところが、それを実践できている日本企業は、少なくともマーケティングやPRの領域では、まだまだ少数かなというのが実感です。人事領域においてはいかがでしょうか?
曽山:まだまだだと思いますね。特に課題なのは、やはり一貫性の問題でしょう。マーケはマーケ、採用は採用といったような縦割りが、まだまだ多くの組織では根強く残っています。ただ、このことに違和感を抱いている経営者は、確実に増えてきていると思うんですよね。だからこそ、企業活動全体を貫くような言葉、つまり「パーパス」の重要性を語る経営者が増えているのではないでしょうか。

本田:同感です。実際に、ここ数年で多くの大企業がパーパスの策定に取り組んでいます。ただもったいないのは、パーパスをつくって終わりになっている企業が多いことです。ナラティブ的なアプローチを社会全体としてさらに加速させるために、曽山さんならどんな手を打ちますか?

曽山:すごい難しい質問ですね(笑)。答えになるかどうかはわかりませんが、スタートアップの人たちから学ぶことは多いと思います。スタートアップの創業期って、お金もないし人脈もないしで、じゃあどうやって組織を引っ張っていくかといったらナラティブの力に頼るしかないんですよね。例えば、サイバーエージェントとして投資を行うことで、そういったスタートアップが成長していけば、ナラティブ的なアプローチも自然と社会に広がっていくのではないでしょうか。

本田:なるほど。たしかにスタートアップに限らず、創業期はどんな会社でも、すごい熱量があるじゃないですか。もう爆発寸前の熱さがある。そういうときって、意識しなくても社内にナラティブが溢れていると思うんですよ。サイバーエージェントも20年前はまさにそういう会社のひとつだったと思うのですが、当時を振り返ってみて、どんなナラティブがあったと感じますか?

曽山:これも難しい質問ですが、やっぱり中心にあったのは「21世紀を代表する会社を創る」という言葉だと思います。ビジョンとして策定されたのは、2003年なのですが、1998年の設立当初から藤田はこの言葉を使っていて。公式の場では、「みんなですごい会社をつくろう」という言い方をしていたのかな。僕もその言葉に共鳴したうちのひとりです。「すごい会社」がなんなのかはわからないけど、とにかく創ってみたい、と。そもそも僕は、就活生の頃から「すごいチームをつくる」というのが将来の目標だったんですよ。だから「すごい」つながりで転職を決めたみたいなところがあります(笑)

本田:それは面白い(笑)。同時にナラティブというものが、社会を舞台に語られることが、よくわかるエピソードだと思います。当時は、インターネットが普及していくタイミングで、これから何か「すごいこと」が起きるという予感みたいなものが、社会全体に共有されていましたよね。だからいわゆる「ネット企業」として登場したサイバーエージェントが、「みんなですごい会社をつくろう」と語ることに、多くの人が説得力を感じたのではないでしょうか。そんな風に分析したくなります。

ブレないパーパスをつくるためには、アップデートも欠かせない

本田:御社の場合はミッションステートメントのなかで、「インターネットという成長産業から軸足はぶらさない」明言していることも素晴らしいと思います。まさにナラティブにとって最も重要な要素である「オーセンティシティ(自分らしさ)」の実践です。もちろん企業経営には柔軟性も大切なのですが、一本軸がないと次第に自分たちの存在意義を見失ってしまいかねません。実際に、私自身もそういったケースを多く目にしてきました。御社では「ブレない軸」を維持するために、何か工夫をされているのですか?

曽山:まずは経営陣自身が、パーパスやミッション、ビジョン、バリューと言行一致で向き合うことだと思います。これができないと、軸がブレてしまうだけでなく、社内への浸透も進みません。経営陣が行動で示さなければ、どんなに朝のミーティングでパーパスを復唱させても、社員は絶対についてきません。逆に言えば、経営陣がパーパスに叶う行動さえ取っていれば、特別なことをしなくても、それはやがて「ブレない軸」として社内に根付いていくはずです。

もうひとつ長期的な視点からアドバイスするなら、言語化したパーパスに縛られ過ぎないことでしょうか。もちろん、「オーセンティシティ」を保つためにも、パーパスを明文化することは重要なのですが、時代の変化のなかで事業モデルが変化していくことは当然あり得ます。そういうときは、社員をはじめとしたステークホルダーとしっかりと合意形成をした上で、言葉の方を変えてあげればいいと考えています。

本田:私も「パーパスは変えてもいいものですか?」と聞かれることがよくあるのですが、答えは「Yes」です。実際に、世界の名だたる企業がそうしています。「変える」という言い方に違和感があるなら、時代に合わせてアップデートする、と言い換えてもいいですね。本質的な部分は守りながらも、ステークホルダーのニーズや事業モデルの変化に合わせて、パーパスをアップデートしていく。逆にこの作業をサボると、パーパスと企業活動の乖離を招きかねません。

曽山:結果的に、言行不一致になってしまうわけですよね。それを防ぐために、サイバーエージェントでも、2006年にミッションステートメントを策定して以来、これまでに4回のアップデートを実施しています。言葉を入れたり外したり、並び替えてみたり。そのなかで当初から変わらず残っているのが、先ほどご紹介いただいた「インターネットという成長産業から軸足はぶらさない」というフレーズです。

「どう自慢されたいか?」を考えると、必要なものが見えてくる

本田:そのフレーズをオフィスのトイレの壁に逆さ文字で貼っていたこともありましたよね。

曽山:ありましたね。逆さ文字になっているから、お手洗いで鏡と向き合ったときに、そのフレーズが自然と目に入るという。

本田:すごいアイデアですよね。ただ壁に貼ってあるより、そっちの方がずっと頭に入ってくる。そのひと工夫が、とてもサイバーエージェントさんらしい。Netflixが「何かをやりなさい」というオーダーではなく、社員が自発的に動きたくなるような状況をつくることでパフォーマンスを高める「コンテクスト・マネジメント」を提唱していますが、それにも通ずる部分があるように感じました。

曽山:そうかもしれませんね。私たちも何か社内の仕組みを考えるときにはメンバーに「なるほど、それはそうだな」と思ってもらうことを大切にしています。特に人事制度を考えるときには、「セリフメソッド」という方法が有効です。

本田:セリフメソッド?
曽山:私独自の方法論です。例えば、女性の子育てを支援する制度をつくろうとするとします。そのときに対象となる社員が「私が働いている会社には、こんないい制度があるんだよ」と家族や友人に自慢したくなるか、自慢してくれるとしたらそれはどんなセリフになるのかを先に考えるんです。それがしっかりと想像できると、その制度を定着させるためには何が必要なのかが見えてくるはずです。例えばそれは、思わず口に出したくなるようなキャッチーなネーミングかもしれません。実際に弊社は、このセリフメソッドに基づいて、「macalon」という女性支援制度を策定しました。「ママ(mama)がサイバーエージェント(CA)で長く(long)働く」という想いを込めたネーミングです。

本田:ああ、うまいネーミングですね。座布団一枚!と言いたくなる(笑)

曽山:当時の担当者が、100案くらい捻りだしてくれたなかから選んだ、渾身のネーミングです。響きも可愛らしくて、口にしたくなりますよね。ここまでやると、始めてこの制度を知った内定者も一発で覚えてくれるわけです。

本田:私たちPRやマーケティングに関わる人間は、どうすれば商品が口コミで広がっているかを逆算してネーミングを考えることもあるわけですが、それとほとんど同じことを人事でも実践されているのですね。パーセプション、つまり情報の受け手側の認識をどうやって変えていこうかというナラティブ的なアプローチでもあります。同時に、そこまで手をかけて人事制度を考えるという行為自体が、社内に対するメッセージにもなる。セリフメソッド、素晴らしい方法論だと思います。

全員が主役。選ばれるのは、そんなナラティブを紡ぐことができる企業

本田:そろそろお時間もわずかですが、ほかに『ナラティブカンパニー』のなかで気になった部分はありますか?

曽山:ナラティブの主役は企業ではなく、ステークホルダー一人ひとりだという主張もグッときましたね。実は私も人事として働くなかで「社員みんなに主役感をもってもらうこと」をひとつのキーワードにしてきたんです。例えば、営業の幹部になってバリバリ働くといったわかりやすい形ではなくても、「アシスタントとしてみんなを支えている」という実感を持てれば、その人は会社のなかで主役感をもって仕事に取り組めると思うんですよ。そうすればパフォーマンスも高まるし、何よりそっちの方が絶対に人生楽しいじゃないですか。そのためには、互いが互いを褒め合う文化が不可欠ですし、ときには「あなたに期待しているよ」というメッセージを込めて抜擢人事も必要になる。こういった取り組みも、ナラティブ的なアプローチと言えそうだと思うのですが、いかがでしょうか?

本田:まさにナラティブだと思います。やっぱり3,000人の社員がいたら、3,000通りの物語があってしかるべきですよね。けれどこれまで日本の大企業は、巨大化のなかでその当たり前を忘れてきた部分があります。曽山さんの取り組みは、そうしたナラティブ的な感覚を、人事という仕組みに再導入するものだと思います。

ここまで曽山さんのお話を伺ってひとつ思ったのは、これからはナラティブに長けた企業こそが、採用市場を制するのではないかということです。実際、Z世代の若者たちは、売上や業界だけで会社を選んでいません。彼らに選んでもらう企業であるためには、しっかりとナラティブを紡ぎ、それを実践していくことが有効なのではないかと感じたのですが、いかがでしょう?

曽山:その通りだと思います。実際に採用広報については、私たちを含め、多くの企業が頭を悩ませている部分ですからね。ナラティブアプローチは、その一つの答えになる可能性があると感じています。

本田:もしそれが正しければ、魅力的なナラティブさえあれば、資金力に乏しい企業でも優秀な人材を採用できるようになる。スタートアップをはじめ、これからを担う若い企業にとってはいい時代になるとも言えそうです。

曽山:チャンスは増えると思います。楽しみですね。

本田:明るい兆しが見えてきたところで、最後の質問とさせてください。曽山さんにとって、これからの人事に最も必要なこととはなんでしょうか?

曽山:やっぱり「いかに伝えるか」ということに尽きると思います。私たちが思っている以上に、人事の言葉ってメンバーに届いていないものです。まずはその認識を正しく持つことですね。その上で、どうやって言葉を適切に届けるか。メンバーのパーセプションを変えていくのか。ナラティブアプローチも駆使しながら、メンバーの想いに寄り添っていくことが、これからの人事に何よりも求められることだと思います。

「Narrative Genes ~ナラティブの遺伝子たち~」

企業と社会の関係性が見直される時代に注目が集まる「ナラティブ」を
PRストラテジスト・本田哲也を中心に、企業経営、ブランディングの先駆者と共に考えるウェブサイト。

「ナラティブ」とは、企業と消費者(生活者、ユーザー)との「共体験」の物語のこと。
企業経営において重要な「共創」に着目した、新たなアプローチ概念です。

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