1. TOPNarrative GENEs(ナラティブ ジーンズ)
  2. 「アルテミス計画」が描く新たな宇宙開発の時代。アポロ計画と日本の月面着陸に見る二つのナラティブ
「アルテミス計画」が描く新たな宇宙開発の時代。アポロ計画と日本の月面着陸に見る二つのナラティブ

「アルテミス計画」が描く新たな宇宙開発の時代。アポロ計画と日本の月面着陸に見る二つのナラティブ

アポロ計画以来、約半世紀ぶりに人類の月面着陸を目指し、有人の拠点を建設して月面での持続的な活動を目指す「アルテミス計画」。2020年10月にはアメリカ、日本、カナダ、イタリア、ルクセンブルク、UAE、イギリス、オーストラリアの8カ国が、「すべての活動は平和目的のために行われる」などの合意を含むアルテミス合意に調印をして、いよいよ21世紀の宇宙開発の気運が盛り上がりをみせています。

そこで今回は、人類の宇宙開発の歴史を振り返り、アメリカのアポロ計画と日本の月面着陸およびアルテミス計画によって紡がれる新たなナラティブをひもときます。

テレビの生中継で、全世界が共有したアポロ11号の月面着陸

1957年に世界初の人工衛星スプートニク1号を打ち上げ、4年後の1961年にはガガーリンによる世界初の有人宇宙飛行を成し遂げたソ連。大国の威信を賭けた宇宙開発でソ連に後れを取るアメリカが、後のアポロ計画で人類初の月面着陸を成し遂げた裏には、周到なマーケティング戦略があったからだといわれています。

NASAは新聞、雑誌、テレビなどのメディア業界から人材を採用し、事実に基づいた情報を発信する「報道」のスタンスに切り替え、戦略的な情報発信を行います。テレビ局には5分未満のショート映像を無料で提供し、宇宙飛行士の私生活や素顔をLIFE誌のみに掲載するなどの巧みな手法で、多くの国民の関心を引くことに成功します。そんなNASAがメディアを最大限に活用したのが、1969年のアポロ11号による月面着陸のシーンの生中継です。ニール・アームストロング船長が月に降り立つ場面は全世界に生放送され、日本でも多くの国民がテレビ画面に釘付けになりました。「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である」という彼の言葉はあまりにも有名です。月面着陸を生中継するためには大がかりな機材が必要となるため、当初は反対案があったともいわれています。しかし、フタを開けてみれば世界を巻き込んだアポロ計画のマーケティングおよびPR戦略は大成功を収めました。

成功から一転、急速に薄れた国民の関心

そんな世界的な関心事となった人類の月面着陸ですが、3年後の1972年を最後に人類は誰も月には到達していません。あれだけ全米を熱狂の渦に巻き込んだ宇宙開発のストーリーが、なぜこんなにも短期間で終息してしまったのか? 一言で表せば国民の関心が薄れたからです。

ソ連に先駆け、「人類初の月面着陸」という最終目標を達成してしまったアメリカは、すでに宇宙開発にロマンを見いだせなくなっていたのです。2014年に刊行された『月をマーケティングする』(日経BP社)では、初の月面着陸から50年以上が経過しているのに人類が火星にすら到達できない理由を、「火星探索事業のマーケティングの失敗」にあると述べています。NASAはマーケティングおよびPRの力で月面着陸を「国民の物語」にすることには成功しましたが、その後の新たなナラティブを紡ぐことができず、宇宙開発は長い冬の時代を迎えることになります。

JAXAの実証機「SLIM」が成し遂げた、日本初の月面着陸

アポロ11号による有人月面着陸から55年後の2024年。 JAXA(宇宙航空研究開発機構)の小型月着陸実証機「SLIM」が、ついに月面着陸に成功しました。世界5カ国目となる月への着陸を成功に導いたのは、JAXAに所属する科学者たちの熱意です。小惑星「イトカワ」から物質を持ち帰るサンプルリターンを実証して、世界に日本の技術力の高さを見せつけた「はやぶさ」の打ち上げから約20年。日本にとって悲願ともいえる月面着陸を成し遂げたのです。

SLIMの大きな特徴は、誤差100mという高精度なピンポイント着陸の技術です。「誤差100m」というと、そこまで高精度の技術には感じられないかもしれません。しかし、過去の月面探査機の数km〜十数kmという着陸精度と比べると、格段に大きく進歩したことが分かります。

この高度なピンポイント着陸を実現するため、人の手を借りずに実際の月面の様子と地図を照合して航行する「画像照合航法」と、センサー情報を参考にしながら軌道の修正を行う「自律的な航法誘導制御」という新技術をSLIMは備えています。月面の詳しい地図がつくられたことで、よりピンポイントに調査したい対象も増えた現在、誤差100mの着陸技術は今後の月面探査では必須の技術となると考えられています。

非米国人として初、日本人が月面着陸へ。紡がれる新たなナラティブ

1960〜70年代の米国のアポロ計画で月面着陸を果たした合計12人は、全て米国の白人男性でした。アルテミス計画では女性やパートナー国の宇宙飛行士にも活躍の機会を提供する理念を掲げており、日米両政府は2024年4月に、日本人2人が月面着陸をすることに正式に合意しています。共同会見の中でNASAのネルソン長官は「アルテミス計画において、日本の宇宙飛行士がアメリカ人以外では初めて月に降り立つことを共通のゴールとする」と述べています。
さらに、有人月面探査車の開発や運用を日本側が行うことも決定しており、SLIMを開発した日本の技術力は、アルテミス計画にも大きく貢献することが見込まれています。これは日本の技術力が世界に認められ、日本が宇宙開発にとって欠かせない国になったことに他なりません。

早ければ4年後の2028年にも、月面に降り立つ日本人宇宙飛行士。日本人の月面着陸および有人月面探査車の開発および運用は、日本の宇宙開発における歴史的到達点であると同時に、新たなナラティブの起点となっていくことでしょう。

「Narrative Genes ~ナラティブの遺伝子たち~」

企業と社会の関係性が見直される時代に注目が集まる「ナラティブ」を
PRストラテジスト・本田哲也を中心に、企業経営、ブランディングの先駆者と共に考えるウェブサイト。

「ナラティブ」とは、企業と消費者(生活者、ユーザー)との「共体験」の物語のこと。
企業経営において重要な「共創」に着目した、新たなアプローチ概念です。

TOP