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創業110年を超える貝印の挑戦の根底にあるナラティブの力

創業110年を超える貝印の挑戦の根底にあるナラティブの力

2018年に創業110年を迎えた貝印。その歴史はポケットナイフの製造に始まり、世界初の3枚刃替刃式カミソリを開発するなど挑戦の連続です。近年では眼科メスなど医療器への進出や紙カミソリ®︎の開発、話題を呼んだ広告キャンペーン「#剃るに自由を」の展開など先進的な取り組みを続けています。

同社はどのようにして歴史の継承と挑戦を両立しているのか。そして、社会の変化を広告や実際の製品にどう反映しているのか。110年の歴史の中で、変わったもの、変わらないものとは。2021年に35歳の若さで創業家4代目として社長に就任した、貝印株式会社代表取締役の遠藤浩彰氏に本田哲也がうかがいました。

広告キャンペーン「#剃るに自由を」の衝撃

本田:貝印さんは身近な製品も多く、よく知られている企業でありながら、医療や美容などのプロフェッショナルにも愛用されています。企業としての広さと深さに圧倒されました。

遠藤:貝印は1908年に刃物の街として知られている岐阜県関市で創業しました。刃物を作るための自然要素に恵まれた土地で、日本刀作りで栄えました。しかし、明治になり廃刀令が出され、日本刀の職人たちが包丁など生活で使う刃物を作る野鍛冶に転じます。そういった歴史の中で私たちはポケットナイフを作るところから始まりました。
本田:多くの製品の裏にはきっと挑戦や苦労もあったと思います。また、剃ることに対する人々の意識も変わってきているのではないでしょうか。

遠藤:男性も女性も剃ることに関しては、“こうあるべき”という価値観が強かったと思います。そういう中で、メーカーである私たちとして、価値観を押し付けるようなことでいいのだろうかと考えました。

カミソリは剃るためのアイテムですが、完全にツルツルにすることだけが重要なのではありません。例えば、ヒゲであればきれいに整えて清潔感を出すことのできる道具も提供しています。そういった立場から考えると、カミソリメーカーだから剃ってほしいという画一的なメッセージを押し付けるのではなく、お客様の価値観に寄り添いたい。

体毛の話はデリケートなので表にはあまり出てこないのですが、ここ10年でお客様の多様な価値観が生まれてきている印象を持っています。

本田:「#剃るに自由を」の広告展開は衝撃的でした。ビジュアルにインパクトがありましたし、PRの文脈でも業界の目を引くものでした。貝印さんがやることでメッセージ性が高く、遠藤さんが今おっしゃったことが伝わってくると改めて思いました。

コアの事業として“剃る”“刃物”がありながら、剃らないことも自由だと感じ取れるメッセージを展開させることにすぐに舵を切れたのでしょうか?

遠藤:「#剃るに自由を」の広告を出す際、喧々諤々の議論をしたというわけではありません。広告チームから相談があり、まずやってみようということでスタートしました。

会社の歴史を振り返ってみると、小さい挑戦の繰り返しです。そして不具合があれば修正してきました。私たちの製品は包丁もツメキリもカミソリも、比較的その進化はゆっくりです。ヒゲや体毛に対する社会の考え方もいきなり180度パッと変わるものではありません。徐々に変わり、大きな波になっていきます。私たちはそこでお客様の声に耳を傾けて、どのような流れなのかを考え、その中で時代に合わなくなってきたものは直しています。

そうやって、事業も製品も新陳代謝を繰り返しながら歴史を積み重ねてきました。新しい変化に身構えるというよりも、どうやって自分たちもその流れに乗っていくかを考える姿勢でいます。

失敗を怖れずに挑戦するカルチャー

本田:まずはやってみよう。お客様に寄り添おう。そのようなカルチャーは以前からあったのでしょうか?

遠藤:社会的意義があり、会社にも意味があることならば、挑戦を後押しするカルチャーがあります。会社もトップもいろいろな失敗をしながら成功事例を生み出してきました。失敗を重ねながら柱となる事業を生み出してきた歴史があるので、新しい挑戦をした結果の失敗を前向きに捉えています。また、非上場のファミリーカンパニーなので、中長期的な視点で本当に求められていることに取り組める環境にあります。

本田:私はPRの業界に長くいて、貝印さんはSNSなどでも面白い企画に早くから取り組んでいる印象を持っています。老舗でありながら、いい意味で突拍子もないことをされるなと受け手として思っていましたが、やはりそういうカルチャーがベースにあるんですね。
遠藤:100年以上の歴史があると老舗に分類されるので、保守的なイメージで見られがちかもしれません。しかし、常に新しいことに挑戦してきたからこそ、今の貝印があるわけです。100年を超えたからといって守りに入ってしまったら意味がありません。

広告やプロモーションも他社さんの真似をするのではなく、先陣を切って自分たちが最初にやってみる。「貝印は歴史のある会社だけど、おもしろいことに挑戦しているね」とファンになっていただけるきっかけになればいいと思っています。

本田:「#剃るに自由を」の反響はいかがでしたか?好感度のアップにはつながったのでしょうか?

遠藤:反響はありました。どちらかというと上の世代の認知度が高い傾向がある中で、若い世代に届いた実感がありました。体毛に対する価値観が多様化していく中で、私たちの広告を見て「救われました」「共感しました」とのメッセージを直接いただけました。新卒採用でも「メッセージに共感したので貝印で働きたい」という声が増えるなど、効果がありましたね。

本田:思い切ったメッセージを出すのは海外の企業の方が多いと感じます。ジェンダー・イコーリティなど多様性に関する領域でも議論を巻き起こすようなメッセージを積極的に出しています。一方、日本の企業はリスクを取れずに企画段階で止まってしまうことがあります。勇気が出ない。そういう意味で、PRの領域の人間としてはよくぞやってくださいましたという感覚で見ていました。

貝印さんは会社の歴史もあり、BtoBとBtoCの事業をお持ちです。また、さまざまなバックグラウンドを持つ従業員もいらっしゃる。お客様も代替わりする。求心力を保ち続けるのが難しいのではないかと想像します。

遠藤:私たちは規模の大きい会社ではなく、ファミリー的に経営してきました。社員を「KAI FAMILY」と捉えていて、国内に1000人ほどいる社員の顔と名前もわかります。そして、刃物がコアの事業であることは変えずに、歴史の積み重ねに感謝しながら時代を切り拓くスタンスでやってきました。

本田:おっしゃる通り、刃物というわかりやすいオリジンの部分はぶれていませんね。

遠藤:刃物は食生活にも密接に絡んでいるので、お客様の人生の最初から最期まで関わりを持てます。もちろん、あくまでも道具の一つであり、主役ではありません。主張しすぎずに寄り添う製品が多い。それもあって、たまに尖った広告やPRを展開すると「おっ?貝印、どうしたんだ?」とざわつきを起こせます。

本田:ナラティブの考え方からすると、会社からの一方的なストーリーではなく、生活者のストーリーに寄り添っていると感じます。だから普段は貝印さんの存在を意識していなくても、「#剃るに自由を」のようなメッセージがきっかけになって家の中を見回してみると「これも貝印、あれも貝印」とたくさん使っていることを認識する。

私は共創、共に紡ぐという話を普段からしていますが、貝印さんはまさにそれを体現しています。フラットに企業と生活者が共存している。刃物を通じて、共創を実現できているという印象です。

社内の声を聞く仕組み

本田:お客様だけではなく、社内の声をどのようにして聞いているのかも気になります。

遠藤:イントラネットを使った週報を活用しています。120から170字くらい、ちょうどTwitterぐらいの文量で気づきや要望、感謝などを記名で自由に書いてもらっています。私の父である現会長が他社さんを参考に始めて、15年ほど続けています。

内容をチェックする承認制ではなく、書いたままを社長含めて全員が見られるようになっています。それぞれが投稿する曜日が決まっているので、1日に100件ほどの投稿があり、会議室の空調に対する指摘や営業からの商品開発への要望などが瞬時に共有されます。担当がピックアップした週報に私も毎日コメントを入れています。

本田:Twitterに近い文字設定が仕組みとして絶妙ですね。15年も継続していることがすばらしい。
遠藤:週に1回は何かしら書かないといけないので、一人ひとりのアンテナの感度が良くなり、考える力、伝える力も高まっていると感じています。週報の声が商品開発に活かされるので、社内の声を聞くための仕組みとして機能していますね。

本田:興味深いですね。ステークホルダーである従業員が「なぜこの会社に自分はいるのだろう」と考える機会がコロナ禍で加速しました。給与などの条件ももちろん大事ですが、私はこの部分でもナラティブが重要になってきているとみています。従業員かつロイヤルカスタマーのようになり、いい物を世に出していく状況ができているのではないでしょうか。

遠藤:そういった意味では、おかげさまで自社のことが大好きな社員が多いと感じます。だからこそ、製品に対するダメ出しも忌憚なくできる。愛情があるからこその厳しさですね。

紙カミソリ®︎で見せたSDGsへの取り組み

本田:多くの企業の関心事になっているSDGsへのスタンスを教えてください。

遠藤:有限な地球資源を使って物作りをさせていただいているので、できることに一つひとつ取り組んでいます。プラスチックを極力使わない、紙と金属でできている世界初の紙カミソリ®︎もその一つです。

ただ、実はサステナブルが入口ではなく、カミソリをイノベーションして新しい付加価値を生み出したいというプロジェクトから始まっています。曽祖父の国産のカミソリ替刃、祖父の軽便カミソリ、父の3枚刃と各世代でイノベーションを起こしています。そして、私が副社長の時に若手中心の有志が集まり、会社のDNAに刻まれているカミソリについて考え始めました。

そこでは最初、清潔で快適な剃り味を体験していただくためにワンデイというコンセプトが出てきました。そして、環境負荷を減らすために素材としての紙に着目し、ハンドル部分を紙にしてみようと。そういう経緯でスタートしています。
本田:カミソリのイノベーションが脈々と続いています。環境対応していることを発信するための製品ではなく、必然的にそこに行き着いたということですね。

遠藤:売れるかどうかも最初はわかりませんし、社内に懐疑的な声があったのも事実です。そういう環境の中で、強度などの問題をクリアしながら、まずはお客様に問うてみようと。自社サイトで数量と期間を限定して発売したところ3日ほどで完売してしまい、SDGsや環境問題など社会の潮目が変わっていることを実感しました。
海外の方からは「オリガミ・レイザー」と言われ、紙を折って組み立てるユニークさにも注目いただいています。

実は90年代に生分解性プラスチックを使用したカミソリを出してきた歴史があります。しかし、価格が高くなってしまったこともあり、定着させるのが難しかったのですが一部は現在も販売しています。

ベースとなる歴史に敬意を持ち、挑戦を続ける

本田:さまざまなチャレンジを繰り返してきた歴史をうかがってきました。その中で、変わらない本質的なこと、ベースにあることはありますか?

遠藤:野鍛治の精神と会社では言っています。お客様に寄り添う姿勢を常に意識する。大事にしていく。その時に絶対に欠いてはいけないのが誠実さです。父からバトンを受け継ぐ時にも「誠実さだけは忘れるな」と言われました。新しいことに挑戦してもベースがあるので、そこに立ち返ることができます。

本田:戻ってくる場所ですね。日本にはファミリーカンパニーが多く、地方には特に多い。遠藤社長のように若くして引き継いだ方から相談されることがあります。「今まで守ってきたもののうち、何を大事にして、どこをアップデートすればいいのか」。そういう悩みを持つ方々にメッセージをいただけないでしょうか。

遠藤:大それたことを言える立場ではありませんが、私どもの場合は今までの歴史をベースにしていて、それに対する敬意と感謝の気持ちを持つことを大前提にしています。そして、そこから先をどうしていくかを考えます。

会社の屋台骨を揺るがすような大きなことをいきなりするのではなく、小さく産んで大きく育てる。種まきをする。一歩を踏みだす。何事もやってみないとわからないので、まずは挑戦です。

本田:保守的になるか大胆に逸脱するかの二元論で悩んでいる方が多いので、今のお話は伝わるメッセージだと感じます。

遠藤:最短距離で行きたくなってしまいますが、最初はある程度の我慢が必要です。私自身、社長になる前に気をつけたのは、自分と社員のスピード感のギャップです。自分からするとちょっと遅いと思っても、我慢しながら促していくと、加速度的に変化していきます。

本田:本日は歴史をベースに挑戦を続けるための秘訣をナラティブの文脈で教えてくださり、ありがとうございました。

「Narrative Genes ~ナラティブの遺伝子たち~」

企業と社会の関係性が見直される時代に注目が集まる「ナラティブ」を
PRストラテジスト・本田哲也を中心に、企業経営、ブランディングの先駆者と共に考えるウェブサイト。

「ナラティブ」とは、企業と消費者(生活者、ユーザー)との「共体験」の物語のこと。
企業経営において重要な「共創」に着目した、新たなアプローチ概念です。

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