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ナラティブスクリプトが、たしかな道標に。キシリトール「日本フィンランドプロジェクト」から学ぶ、実践マーケティング

ナラティブスクリプトが、たしかな道標に。キシリトール「日本フィンランドプロジェクト」から学ぶ、実践マーケティング

日本をフィンランドに。そんなナラティブを実践しているのが、株式会社ロッテが誇るガムの人気ブランド「キシリトール」です。その一風変わったナラティブは、ブランドの活性化やミッションの達成にどのようにつながっていくのでしょうか。同社でキシリトールブランド課課長を務める小川貴昭さんと、戦略PRの第一人者である本田哲也とが、NIKKEI Branding Seminar 伝える力支援講座『ナラティブカンパニー  ロッテ「日本フィンランドプロジェクト」にみる消費者と創るストーリー』で語りあった様子をレポートします。

あらゆる企業活動は、ナラティブに集約されていく

本田:本日は株式会社ロッテでブランドマーケティングに携わる小川さんをお招きして、マーケティングの新しい考え方である「ナラティブ」を企業はどう実践していけばいいのかについて語ってまいります。とはいえ、ナラティブという言葉をはじめて聞く方もいらっしゃるかもしれません。そこでまずは私の方から、ナラティブについて簡単にご説明させていただきます。

ナラティブを辞書で引いてみると、「物語」や「朗読による物語文学」、「語り口」とあります。ですが私は、このナラティブという言葉を、ビジネスの文脈に引き寄せるために、「物語的な共創構造」である、と再定義しています。こう説明すると必ず聞かれるのが、ブランドストーリーやコーポレートストーリーとナラティブの違いです。ポイントは3つあります。
まずは「演者」。ブランドストーリーやコーポレートストーリーの場合、物語の主役はブランドや企業です。これに対してナラティブは、顧客をはじめとしたステークホルダーと企業とが一緒になって紡いでいく物語です。二つ目の違いは「時間軸」。起承転結という言葉があるように、ストーリーには必ず終わりがあります。ですがナラティブは、常に現在進行形で語られる物語で、終わりがありません。これも大きな違いです。最後に「舞台」。ブランドストーリーやコーポレートストーリーは、その企業が属する業界など、舞台の範囲が限定的な中で展開される物語です。対して、ナラティブの舞台は「社会」。世の中の集合的な考え方や価値を体現するのがナラティブである、と言い換えることもできるでしょう。

ちなみに、ストーリーとナラティブには共通点もあります。それは物語の起点に、企業や創業者の強い思いがあるということです。ストーリーとナラティブは似て非なるものですが、始まりにあるものだけは一緒なのです。

なんとなくナラティブのイメージが掴めたでしょうか。さて、本日はここからが本番です。マーケティングにおける新たな考え方であるナラティブを、企業はどのように実践していけばいいのか。それを一緒に考えていきましょう。

まず紹介したいのが「ナラティブスクリプト」という考え方です。これはその名の通り、企業がこれからどんなナラティブを語っていきたいのかを示した脚本のこと。それと同時に、ナラティブスクリプトはある種の道標でもあります。もっと言ってしまえば「商品開発も広告もPRも、あらゆる企業活動を、語りたい物語に沿って展開していこう」というのがナラティブスクリプトの究極の形です。
実際に、ナラティブスクリプトを作成し、それに基づいてさまざまな施策を展開することで、大きな成果を挙げた事例はいくつもあります。ロッテさんが手がけた「その歯と100年。キシリトールプロジェクト」もそのひとつ。彼らはどのようにナラティブを実践し、どんな成果を得たのでしょうか。ここからは小川さんにマイクをバトンタッチし、具体的なお話を伺っていきましょう。

キシリトールの生まれ故郷。フィンランドで学んだこと

小川:ご紹介いただきました、ロッテの小川です。本日はよろしくお願いいたします。

まずはキシリトールについて、簡単に説明させてください。キシリトールは白樺や樫の木などからつくられる甘味料で、日本では1997年に食品添加物として認可されました。この年に弊社のキシリトールブランドも誕生し、それから今日まで「むし歯のない社会へ。」というミッションを掲げて、キシリトールの普及に努めてきました。

販売開始から20年以上が経っていることもあり、お陰様でブランドの認知度は約9割ありますが、キシリトールの具体的な機能や特徴まで理解している人となると、3割を切ってしまいます。このギャップをいかに埋めていくかが、ブランドにとって大きな課題でした。そこでスタートしたのが、フィンランドをベンチマークとした「その歯と100年。キシリトールプロジェクト」です。
なぜフィンランドに注目したのかというと、キシリトールの研究を世界に先駆けてスタートしたのがフィンランドだったからです。フィンランドがむし歯予防にキシリトールを活用しはじめたのは1970年代。そのキシリトールを始めとしたセルフケアの習慣によって、12歳以下のむし歯有病率が大幅に低下したと言われています。そうした歴史的な経緯もあって、フィンランドではなんと国民の94%が、歯の健康のためにキシリトールを食べた経験があるそうです。

今でもフィンランドのヘルシンキ市では、子どもたちの歯の健康を守るために、自治体主導で保育園などにキシリトールが導入されています。私自身、2019年にフィンランドを訪れ、現地のみなさんにお話を伺ったのですが、ある保育園の園長さんが「キシリトールを通じて、子どもたちが歯の健康に自覚的になるきっかけをつくりたい」と仰っていたことが非常に印象的でした。

自治体も歯科医師も生活者も。あらゆる人を巻き込めるスクリプトを

小川:こうした光景を目の当たりにしたことで、「日本をフィンランドのようにしたい」という思いが生まれました。つまり、フィンランドがそうであるように、キシリトールをひとつのツールとして、「子どもたちの歯の健康を守ろう」という物語を、社会全体で語っていけないかと考えたのです。この思いを起点にしつつ、キシリトールブランドを再活性化するためにスタートしたのが「その歯と100年。キシリトールプロジェクト」です。

ここで協力を仰いだのが、ほかでもない本田さんです。プロジェクトの指針となるナラティブスクリプトを、ともに策定していただきました。その詳細については本田さんの著書『ナラティブカンパニー』を読んでもらえればと思うのですが、ポイントをひとつあげるなら、自治体や地域社会、それから生活者のみなさんに共感してもらえるようなナラティブを目指したということです。「日本をフィンランドのようにしたい」というコンセプトを実現するために、みんなで一緒になって活動を進めていけるような、そんなスクリプトになったと思っています。
プロジェクトが本格的に始動したのは2020年。まずは第一弾として、会津若松市にご理解いただき、市内の保育園・幼稚園10園にキシリトール入りタブレットと専用のサーバーを提供しました。2021年の3月には他の自治体の参画を促すために、「歯を大切にするヒントは、フィンランドにありました」というキャッチコピーを掲げた宣伝広告を、日本経済新聞を含めた全国紙2紙に掲載。さらに2021年の5月には、女優の菅野美穂さんを起用した新CM「フィンランド編」の公開をスタートしました。「キシリトールといえば、単なるガムではなく、フィンランド発祥のひとつのライフスタイルなんだ」ということを提案できるように心がけながら、段階的に周知活動を展開しています。

ここまで駆け足ではありましたが、弊社の取り組みを紹介させていただきました。プロジェクトを進めるなかで、今私たちが最も感じているのは、自治体をはじめとしたもっとより多くのステークホルダーに参画してほしいということです。具体的には2023年までに10の自治体と提携を結びたい。歯科医院の皆さんも、もっと巻き込んでいきたいですね。そのために、今もブランドチームを中心に、ナラティブのさらなるブラッシュアップを続けています。

ナラティブを社会実装するために、企業にしかできないことを

本田:小川さん、ありがとうございました。ここからは短い時間ですが、私と小川さんとでクロストークを進めていきます。まず改めて伺いたいのが、プロジェクトがスタートするまでの経緯です。やはり大きかったのは、ご自身がフィンランドを訪れた際の経験でしょうか。

小川:そうですね。私は2018年の11月にキシリトールのブランド担当に就任してすぐ、まず歴代の担当者に話を聞きに行きました。そのときにブランドの立ち上げを担った初代担当者が、「フィンランドに行ってこい」とひと言だけアドバイスをくれたんです。

本田:とにかく「行ってこい」、と。

小川:ええ、もうそれ以外に言うことはない、というような感じでした。それで実際に行ってみると、まさにフィンランドにはキシリトールがナラティブとして根付いていたんです。つまり、キシリトールが当たり前の習慣になっているから、誰しもキシリトールについて、何らかの物語を持っている。

本田:まさにキシリトールが、社会のなかに組み込まれていたのですね。しかも、フィンランドの場合は、それを主導する企業があるわけでもない。ナラティブ的な構造が、極めて自然に社会実装されていますよね。でも、じゃあ日本でも自然とそうなるかというと、ちょっと難しい。だから、社会実装のエンジンとして、ロッテさんのような企業が必要なのだと思います。

ところでロッテさんは、従来のマス広告でも十分に成功を収めていたと思います。そんななかで「これからはナラティブ的なアプローチが大切」と言っても、なかなか社内で理解してもらえなかったのではないでしょうか?
小川:そこは正直に言って、やりながら徐々にという感じですね。従来のマス広告との一番の違いは、ステークホルダーのみなさまにも主体的に発信してもらう必要がある点です。私たちが何かをつくるというよりも、ステークホルダーのみなさまに「キシリトールを活用してみたい」と共感してもらうことが大切になります。その辺りの勘所を掴むのには、少し時間がかかりましたね。

本田:ロッテさんがCMをつくられたように、「ナラティブさえあれば、マス広告は不要」ということではないんですよね。「こういう活動をしています」と周知していかないと、いつまでもナラティブの実践にはつながりません。けれど、広告やPR施策の一つひとつがナラティブかというと、それもまた違う。広告もPRも、すべてをひっくるめてナラティブの実践ですからね。ナラティブそのものを納品する、みたいなことはできないわけです(笑)。僕が手伝えるとしたら、それはナラティブスクリプトをつくる過程です。

企業の言行不一致は、あっというまにバレてしまう

本田:ちょっとここで話の方向性を変えてみましょう。本にも書きましたが、私はコロナ禍によって、ナラティブを必要とする流れが加速したと感じています。その辺り、小川さんの体感としてはいかがでしょうか? ブランドマーケティングに携わるなかで、生活者の考え方や価値観が変化したと感じることはありますか?

小川:一番大きな変化は、本田さんの言葉でいうところの「オーセンティシティ」、つまり企業の「言っていること」と「やっていること」が一致しているかどうかが、今まで以上に問われるようになった点だと思います。実体の伴わない広告に対しては、生活者もシビアな目を向けるようになりました。マーケターとしては、気を遣わなければいけないことが、どんどん増えてきているな、というのが本音です。

本田:そうですよね。ある種、不寛容な社会になったという側面もあるかもしれません。何かといえば炎上騒ぎです。マーケターの方は本当に大変な時代ですよね。何事も起きないように日々神経を研ぎ澄ませておかないといけない(笑)。一方で、企業のなかにいることで、生活者と価値観がズレていく場合もありませんか?

小川:そういう側面もありますね。でも、そこはコロナによって出張などがなくなった代わりにできた時間を、最近はお客様へのインタビュー調査などにあてています。そうやって意識のズレを補正している感じです。

本田:生活者の価値観の変化を、定性的に探っているのですね。その手は有効だと思います。価値観がここまで多様化すると、定量的な調査だけでは限界がある。要するに、もはや生活者全員に向けて何かをつくることって難しいんですよね。だからこそ企業は原点に立ち戻って、自分たちは誰にどんな価値を提供するのか?をもう一度見極めるべきだと思います。

顧客起点の徹底が、すぐれたナラティブを紡ぎ出す

小川:その点、弊社は組織体制として恵まれている部分もあります。ブランドマネージャー制を導入しているので、誰をターゲットにするのかという部分まで含めて、商品や宣伝の方向性を、私たちのチームである程度コントロールできるんです。

本田:なるほど。話題が組織論へと移ってきました。日本企業は、どうしても業務を細分化しがちです。マスマーケティングの時代はそれが機能していたのかもしれませんが、逆に今はそれが足かせになっている場合もある気がしていて。今の小川さんのお話にもあったように、迅速に行動するためには、意志決定権が一カ所にまとまっていた方がいいわけですよね。

小川:そう思いますね。ちなみに弊社は、研究部門とマーケティング部門の統合も進んでいるため、シーズとニーズの融合もスムーズです。

本田:そこも重要ですね。商品の作り手と売り手がバラバラになっていると、どうしても言行不一致に陥りやすい。先ほど小川さんも仰っていたオーセンティシティの問題ですね。ここをクリアして整合性のとれた企業活動を営んでいくためには、研究部門とマーケティング部門の統合は、有効な一手だと思います。その辺りも含めて、小川さんが思い描くナラティブ時代の理想の組織のあり方を教えてください。

小川:うーん、ちょっと荷が重い質問ではあるのですが……。ひとつ言えるのは、企業組織は顧客が中心であるべきだということです。まだまだ私たちは、企業中心、プロダクト中心で物事を考えがちです。でもやっぱり、組織を設計していく上では、徹底的に顧客中心主義であるべきだと思うんです。

本田:企業やプロダクトではなく、生活者側が抱えている物語にもっと目を向けようということですよね。それはまさにナラティブ的な、顧客起点の考え方です。それと同時に、「顧客が何を望んでいるのかを考える」という意味では、極めて古典的な考え方でもある。つまり、ナラティブ的な思考って、マーケティングの原点とも重なってくるんです。

小川:きっと今は、みんなが少しずつそのことに気付きはじめたフェーズだと思うんです。けれど、「じゃあ何をすればいいのか?」というところで手が止まってしまう人も多い。私自身は、そうした状況を打開するためにも、ナラティブスクリプトをはじめとしたナラティブ的なアプローチを活用していきたいと思っています。

本田:そうおっしゃっていただけると大変光栄です。ナラティブに終わりがないように、話題は尽きませんが、本日はそろそろお時間となりました。今後も「その歯と100年。キシリトールプロジェクト」について、ぜひお話を聞かせてください。本日はどうもありがとうございました。

「Narrative Genes ~ナラティブの遺伝子たち~」

企業と社会の関係性が見直される時代に注目が集まる「ナラティブ」を
PRストラテジスト・本田哲也を中心に、企業経営、ブランディングの先駆者と共に考えるウェブサイト。

「ナラティブ」とは、企業と消費者(生活者、ユーザー)との「共体験」の物語のこと。
企業経営において重要な「共創」に着目した、新たなアプローチ概念です。

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